SIDE:穂積

己の立つ場所に気付いたとき、穂積は大きなため息をつかずにはいられなかった。

昨日、「ちかげ」と名乗る少年と話をしたカフェ。

その前にまで知らぬ内に来てしまったとなれば、自分がどれほど強く「ちかげ」のことを考えていたのか痛感する。

何を思ったのか、突然席を立つや逃げるように出て行ったのだから、気にかけるのは当然と言えば当然。

しかし、穂積が少年を気にかける理由は、相手の予想外の行動だけが理由ではない。

白い頬を伝い、転がり落ちたもの。

涙。

秀麗な美貌の上で、きらきらと輝いた雫の美しさに、息を呑んだ。

まるで向こう側が透けて見えそうなほど、透明で。

この世の悪しきものすべてを浄化するほど、清廉で。

誰をも信じることが出来ないと、信じ方が分からないと告白した「ちかげ」は、胸の奥でずっと他人を信じることを希求していた。

信じぬことで生まれる孤独を理解し、寂しさを終わらせたいと願っていた。

ぽっかりと何か抜け落ちた顔の彼を見ていられなくて。

見ていたくなどなくて。

気付けば口にしていた「信じてみろ」の言葉。

元来、社交のための作り笑いは出来ても、親切な性質ではない。

穂積があれほど真摯に言葉を与えるのは珍しいといっても過言ではなかった。

感じたデジャヴュの正体を突き止めたいとは思っていたし、「ちかげ」の話に同情してもいた。

だからと言って、気心のしれた学院の仲間とは異なる、たった二回会っただけの相手を気遣うのは大よそ自分らしくない。

けれど穂積は言ったのだ。

心からの思いで。

信じることから、逃げるなと。

あぁ、泣き顔を綺麗だと思ったのは、いつ以来だろう。

記憶を振り返れば、頭の深い場所がズクリと動く気配がした。

とても近いところで、自分はこれと同じほどに綺麗な涙を見ていなかったか。

そうだ。

陽の光りを受けて、眩く煌いた一滴を、見たではないか。

七月の弓道場で―――

「馬鹿か……」

行き着きそうになった答えの種類を察し、穂積は自嘲した。

綾瀬を学院に留まらせることにしたため、今日から街の巡回は己一人。

こんなところで物思いに沈んでいる暇などないと言うに。

さっさと街を見回って、何かドラッグに繋がるものを見つけなくては。

でなければ、何も言わずに帰省してしまったゴミ虫が、問題になってしまうのだから。

穂積はもう一度だけ嘆息をすると、開店時間からまだ間もないカフェに踵を返した。

そもそも、ここに来てどうしようと思ったのだろう。




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