どうしようもない大人の発言に、先ほどまで強張っていた肩が脱力する。

木崎が蹴りつけたくなる気持ちに同調しかければ、間垣はふざけたときと同じ声のトーンで、異なる響きを持った言葉を音にした。

「……ありがとう」
「何がですか」
「今回の仕事、引き受けてくれて」
「……」
「君にとって、つらいと分かっていたんだけど、どうしても他に手が浮かばなかった」

つらいこと。

これまでの人生で、教育機関に所属したことのない千影は、確かに潜入当初、慣れない環境に苦戦した。

潜り込む先が、学校というカテゴリーの中でも特殊な碌鳴だったせいもあるだろう。

だが、間垣の言う台詞は、そんな表層的な意味ではないと分かる。

千影が始めに覚えた他人の名前は木崎だが、次に覚えたのは間垣なのだ。

自分の境遇すべてを知っている彼は、五月の終わりに木崎から仕事を告げられた千影が、必死に拒否した本当の理由を理解していた。

社会において自分の異質を直視させられる潜入先は、今でもふとした瞬間、少年の心を脆くする。

自分は本当にここにいてもいいのか。

ここに存在してもいいのか。

この場に、存在するのか。

それでも。

千影は与えられた温もりが、内側から零れたことに気付き頬を緩めた。

「今では、悪くないと思える場所ですよ。学校も」

苦い痛みをも伴った温度は、手放しの喜びを唇に描かせてはくれなかったけれど。




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