SIDE:千影

帰り道に近くのスーパーで購入した食材を、キッチンに広げたところで、玄関の鍵が回る音がした。

物思いに沈んでいた己を現実に引き戻し、やがて寄越される帰宅の挨拶に答えようと、玄関を覗いた千影は、予想外の人物を見留め目を丸くした。

「久しぶり、千影くん」
「間垣さん!」
「ちょっと見ないうちに、また美人になったね」
「はぁ……」

にこっと愛嬌満点の笑顔で、さらりと反応に困ることを言う。

苦笑するしかないこちらに、スーツ姿の男は遠慮なく部屋に上がると、すたすたと近付いてきた。

大型犬を髣髴させるといっても、品のいい種を連想させる間垣だ。

まっすぐに向かって来られると、中々迫力がある。

「再会を祝して、外回り後のハグでも……」
「誰が部屋に入ることを許可した」

ガバッ!と両手を広げた四十手前の男に、ぎょっと硬直したとき、彼が不自然につんのめった。

「って!」
「人に書類押し付けて、部屋の鍵だけ持ち逃げとはいい度胸だな。さっさと退場しろ」
「だからって、蹴ることないでしょう」
「ここは誰の家だ?」

新たに現れた保護者は、両手にダンボール箱を抱えた状態で、蹴りを放ったらしい。

フローリングに沈む間垣に、追い討ちをかけるように、ゲシゲシと踏みつけた。

これまた久しぶりだが、今更彼らのやり取りに動揺しようもなく、千影は内心だけで嘆息するに留めた。

「ただいま、千影」
「お帰りなさい。あ、風呂沸いてるから入ってくれば?夕飯作るのこれからなんだ」

「そうする」と言った木崎は、ようやく足の運動を終わらせ、書類の詰まったダンボールを持って自室へと入って行った。

千影はキッチンへ引っ込もうとして、床にへばったままの訪問者に声をかけた。

「間垣さんも、夕飯食べて行きますか?作りますよ」
「……すっごい嬉しいんだけど、俺の状態は心配してくれないんだね」
「いや、だってここ武文の家ですし」

彼が法律ですし。

「そういうとこは、フミさんそっくりだよ。ほんとに」
「で、どうします?」

苦笑交じりに起き上がった男は、来たときよりも幾分疲れた気配だ。

「久しぶりに千影くんのメシ食べたいとこだけど、これ以上居座ったら本気でフミさんの鉄拳飛んできそうだから、今日は大人しく帰るよ。また今度、ゆっくり話でもしよう」
「分かりました。まだ仕事ですか?」
「うん、さっき事務所に渡して来た売人がいるからね。調書作んなきゃならない」

来たときと同じくらいのスピードで、彼は玄関へと向かう。

見送りに付いて行ったこちらを、面白そうに見下ろしたのは、靴を履いてからだ。

「あの、なんですか?」
「新婚さんみたいだったね」
「は?」
「さっきのフミさんとの会話」
「やめて下さいって……」




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