正義のヒーロー。




ザシュッと音を立てて裂けたスーツの袖。

少年の手にしっかりと握られたバタフライナイフの刃は、その下の皮膚をも食い破る前に停止をかけられた。

振り下ろされた凶器に目を見張ったのは一瞬だ。

木崎は素早く相手の肘を掴むや、容赦のない力で捻り上げたのである。

痛みに顔を歪めた少年の腹へ、腕はそのまま膝蹴りを続けて叩き込む。

「ぐっ……げほっ!」

抵抗の気力を失いぐったりとなったところで、ようやく少年の体をアスファルトに転がしてやった。

取り落とされたナイフを拾い上げながら、木崎は随分風通しのよくなった片袖に顔を顰めた。

もう少し早くアクションを起こせていたら、切っ先が布に引っかかることもなかっただろうに。

怪我を負わなかっただけよかったと、常識的なことを思うには少しばかり修羅場慣れし過ぎていた。

「あーぁ、もう終わっちゃったんですか?」

目聡い子供にどう言い訳したものかと、無残なスーツをしばし眺めていたとき、場違いな明るい声が路地に落ちた。

アスファルトに目を向ければ、長い影が自分の足元まで差し掛かっている。

新たな人物の登場に、しかし木崎は振り返りもせず。

「何しに来た、康介」

相手の名前を呼んだ。

「フミさんの危機を助けに来たつもりだったんですけど、なんで正義のヒーロー待っててくれないんですか」

木崎の傍らを通り過ぎた元同僚――間垣 康介は、無様に転がったままの少年の胸倉を持つと、ぐいっと無造作に引き上げる。

どこか大型犬を思わせる風貌の男は、その切れ長の双眸に剣呑な輝きを潜ませ、うっすらと目を明けた獲物に笑ってみせた。

「俺の出番なしって言うのは、ちょっとカッコが付かないですよ」
「ヒッ……」

整った顔に浮かぶのは、人好きのする表情といってもよさそうなのに、如何せん彼の眼は真実の感情を隠そうともしない。

笑顔のまま何発か容赦なく殴られそうな気配は、少年にも伝わったようで、ただでさえ白かった面が紙のようになった。

その不穏な気配に木崎は大きく嘆息した。

あぁ、本当にどうして来たんだ。

「やめろ、康介。お前は何もされてないんだから、ただの傷害罪になるぞ」
「正当防衛は無理ですかね」
「適用されるとしても、過剰防衛だ」
「……」
「康介」
「分かりましたって、俺だって本気でやる気はありませんでしたよ」

パッと襟首から手を離せば、少年は間近で受けた気迫に萎縮したように、そのまま地べたに舞い戻ってしまう。

こちらを見やった後輩は、先刻までの物騒な気配を収束させ、代わりに眉を寄せた。




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