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精一杯の怒声が木霊して、周囲には一挙に負の気運が流れ出す。
臨戦体勢に入ったのが察せられた。
しかし生憎、嘘はついていない。
警察?
まさか。
自分は公的な権限など持たない、「善良」な一般市民だ。
木崎はクスリと、唇を歪めた。
「脅し文句にバリエーションは望めない、か」
嘲弄の響きを持ったそれが落ちた瞬間、少年たちの一人が動き出した。
こちらの間合いに駆け込むや、頭上高く鉄パイプを振りかぶる。
武器を持ったことによる慢心が、隙の多い攻撃を仕掛けさせたに違いない。
至極冷静な目線で判断すると、木崎は右に抜けながらガラ空きの腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。
本気の一打はズシリッと重く、未成熟な体は呆気なく地面を転がって行く。
「かほっ……はっ……!」
無残に胃液を吐き出す少年だったが、流石にこれくらいでは怯んでくれない。
相手側に走った動揺はすぐに収まり、かえって隙をなくさせた。
残り九人。
最初にアクションを起こしたのは、二人だ。
挟み込むような構図に、木崎は後方へと回し蹴りを放った。
素早いそれは、しかし相手の服を掠めるに終わる。
「っ……!」
距離を取った少年の、纏う空気が弛緩したのが分かった。
構わない、どうせ捨て技。
木崎は瞬き一つの間に更に距離を詰めると、ぎょっと目を剥いた少年の胸倉を掴み上げ、そのまま一本背負いの要領で背後へと投げ飛ばした。
こちらへ迫っていた仲間は、降っ来た相方に直撃だ。
アスファルトに頭をぶつけたのか、仲良く昏倒する。
ほっと息をつく間もなく、男は振り向きざまに横にした拳で宙を薙いだ。
ヒュッと空気を裂いた攻撃は、見事に迫っていた少年の顎を打ち据え、相手は顔を抑えて蹲った。
追い討ちをかけるように、鳩尾目掛けてつま先を蹴り込む。
「はごっ……がっ……!」
長身故のリーチの長さは、木崎の武器の一つだ。
接近されそうになっても、牽制がしやすい。
続けざまに三人を倒され、残った六人の動きが鈍った。
「どうした、もう終わりか」
「くそっ」
「今ならまだ、見逃してやる……かもしれないぞ?」
つり上げた口角とは対照的に、男の眼に浮かぶ光は怜悧なままだ。
言葉とは裏腹なその真意を、この場にいて察しなかった者はゼロ。
定番の脅し文句を口にした少年が、血走った目でデニムのポケットに手を入れた。
気になった動きから目を逸らすはめになったのは、他の五人が一斉に襲い掛かって来たためである。
「っの馬鹿ガキ共がっ……!」
背後から、横合いから、連携も何もない無鉄砲な拳や蹴りを、悉く避けて行き、合間合間を見計らって重い攻撃で確実に敵を沈めて行く。
ようやっと五人全員を地べたに這い蹲らせたときには、額には珠のような汗が浮かんでいた。
「っは、やっぱ年は取りたくな……っ!?」
チリッと、首筋に走った嫌な気配に、木崎は飛び退きながら方向を転換させた。
見開かれる眼。
薄暗い路地に差し込む光線が、最後の一人が持ち上げた冷たい刃に反射して、凶悪な輝きを放った。
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