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ターゲット発見を伝えるためにかけた電話は、合成音声によって迎えられた。
いつもならばすぐに千影の声が聞こえるのに。
無感動な音に不安が生まれ、何事かが起こったのではと思ったとき、子供の方から連絡が来た。
僅かに掠れた声に覚えた小さな違和感は、合流して顔を合わせればより強くなった。
そしてあの暴挙。
彼の体にインプットされた動きが、意識の拘束から解き放たれた剥き出しの状態で行使されていた。
「アイツ……大丈夫なのか」
口の中で呟いた言葉は、眼前の男の耳に入ることもない。
千影の精神状態に異変があると気付いたのは、彼と再会した瞬間だが、ここに来て悪化している気がした。
持続する暗雲が、いきなり台風に変わったようだ。
中でも先ほどは酷い。
今朝、マンションで別れたときには感じられなかった、胸中の激しい動揺が伝わって来るほどだ。
確実に、何かがあった。
自分と共にいない間に。
そしてその何かを、あの子供は木崎に隠している。
コポリッと音を立てた心の奥。
苦い味のそれは悔しさと寂しさだ。
標的の腕は掴めても、千影の心は護れない己の両手。
いつから千影は、木崎に護らせてくれなくなったのだろう。
ずっと昔からのような気もするし、極最近のようにも思えた。
あぁ、気付けばすっかり父親の心境だ。
子供の巣立ちはもうそこまで来ているのか。
年は取りたくないもんだ、とそれこそ年寄り染みたことを考えながら、木崎はピタリと足を止めた。
「お、おい、なんだよ急に」
パーキングを目前にしてストップをかけられ、男が怪訝そうな顔でこちらを見る。
「後で聞くつもりだったんだけど、予定変更だ。お前、仲間は?」
「はぁ?」
「そうか、マジでピン芸人か」
「何言ってんだ、おっさ……ぐふっ!」
最後の「ん」を待たずに、顔面に拳を叩き込むと、木崎は意識をブラックアウトさせた相手を路肩に寝かせた。
よれたサマースーツの背広を払いつつ、大きく息を吸い込む。
ゆっくりと呼気を逃がしたあと、彼の双眸は鋭い輝きを放っていた。
「用があるなら、出て来い―――ガキ」
夕刻に差し掛かる午後の路地。
茹だる熱に押されたように現れたのは、十人程度の少年たちだった。
どこから持って来たのか、鉄パイプを装備したものまで紛れていて、うんざりだ。
「てめぇかよ、最近ここらで動いてるサツっつーのは」
「違うな」
「パチこいてんじゃねぇぞ!てめぇのせいで何人パクられたと思ってんだっ、マジ殺すぞっ!」
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