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「お前は」
耳朶を打った音に、千影は不安定な体で相手を視界に入れた。
黒々と艶めく強い眸に、胸の真ん中がドクリと脈を刻む。
声もなく見つめ続ければ、穂積の唇が再び動いた。
「お前は、誰かを信じたいのか?」
「ぁ……」
強張った身が小さく反応する。
真摯な問いに、返す解は決まっていた。
それ以外の何があろうか。
たった一つ。
口にする言葉は、たった一つしかない。
「信じ、たい」
震える喉から、掠れた声が零れ出た。
自分はずっと、誰かを信じたかった。
信じたくて信じたくて、どうしようもなかった。
誰をも完全に信用していないと言うことは、この世界で孤独に息をするということ。
手を伸ばしてくれる相手へ背を向け続けた罪悪感にも、己のみ寒い両手で立ち尽くすことにも。
直視してしまえば、堪えられない。
温かく包んでくれる保護者に対して、根拠を求める己が浅ましくて仕方ない。
内面を見た上で友情をくれようとする男に、疑念のフィルターをかけた目しか向けられないのは嫌だ。
信じたい。
信じたい。
理由、根拠、確証。
裏打ちされた事実など、どうでもいい。
そんなツマラナイものなど捨て去って、相手の存在そのものに「信頼」を注ぎたい。
本当の信用を、手にしたいのだ。
ぎゅっと握り締められた拳、奥歯を噛み締める。
しっかりと眼光を受け止めれば、穂積は答えを受け取ってくれた。
綺麗な顔をふっと緩めて、笑んだ。
「なら、努力してみろ」
「……努力」
「あぁ。誰もがみんな、他人を無条件に信用出来るわけじゃない。相手の本心を知る術なんてないからな。裏切りを恐れて踏み込めない人間もいる」
「……」
「それでも、誰かを信じたいと思うなら努力してみろ。知らないなら覚えて行けばいい。最初から歩ける人間などいないんだ。お前が真実望むなら出来るはずだ―――他人を信じる、努力をしてみろ」
あぁ、また。
まただ。
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