◆
千影は。
「分からない……」
「なに」
「分からないんだ。俺は……疑うことしか知らない」
知らない。
信じ方など、知りようがない。
自分は調査員だ。
幼い頃から多くの場所へ潜入し、容姿名前を偽って情報を集めて来た。
周囲にいる人間すべては欺く対象で、出会う人間すべては疑うべき対象で。
誰が嘘をついているのか、誰が秘密を握っているのか。
言葉の裏に隠された本音を見極め、気兼ねない優しさの背後に目を凝らし、誰を信用することなく生きてきた。
今だってほら。
仁志を信じきれず、信じるための理由を探している。
根拠を求めている。
確証がなければ、手放しで信じることなど出来ない。
安心出来るほど確かなものに、縋らなければならないなんて。
それは果たして、本当に信用していると言えるのだろうか。
自分が信じているものは、相手ではなくて、その根拠なのだ。
無条件で心を預ける何て危険な真似、出来ようはずがない。
自分は、誰かを信じたことがなかった。
木崎さえ、本当の意味では信じてはいないのだ。
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