傲慢魔王は、あの少年を捕まえたわけではなかったのである。

単に千影の目的を探るため、言った嘘に過ぎない。

先刻の比ではない厳しさで男を睨むも、穂積相手では効果は見られず、彼は平然とした様子でアイスコーヒーに口をつけた。

「で、どうしてドラッグを追っている。警察やマトリってわけでもないだろう」
「そっちこそ、何が目的だ」

やられっぱなしは趣味じゃない。

負けじと問い返すも、余裕のない今の調子では、押されている事実をより深く実感するはめになった。

「うちの組織内でも、特定のドラッグが出回っている。売人も組織の関係者の線が濃厚だ。本当に身内の不始末だとすれば問題だが、まだ確証があるわけじゃない。出回っているこの街でドラッグに関する情報を集めているだけだ」

さらりと告げられた生徒会の事情に、千影は暫時呆然とした。

彼の言う組織とは、つまり碌鳴学院のこと。

潜入捜査をしていた自分には、容易に察せられる比喩だ。

千影が光であると気付いていないからこそ、簡単に話してくれたのだろうが、何だか決まりが悪い。

嫌な感情を振り払うように、少年は姿勢を正した。

真剣な眼差しで男を見据える。

「この件から手を引け」
「……なに?」

これは警告。

麻薬の売買は、れっきとした犯罪だ。

いくら穂積たちが学院で強大な権力を奮い、各界へも大きな影響力を持つ家の御曹司だと言っても、彼らはまだ高校生。

学院内で起こったトラブルならばいざ知れず、広範囲に及ぶ規模で発生している事件に関わるべきではない。

何より、自分と異なり穂積たちには輝かしい将来が待っているのだ。

具体的な家柄などは知らないが、日本のトップクラスの子息が集う碌鳴において、頂点に君臨する彼らならば、相当な椅子が待っていることだろう。

事件に踏み込んで何か被害を被れば、取り返しがつかなくなる。

ことが起きる前に、離れた方がいい。

千影の固い声音には、ある種の必死さが含まれていた。

「お前たちが手を出す問題じゃない。もう一度言う―――この件から手を引け」
「身内のことで手を出さないわけにはいかない。お前こそ、手を引け。何故これを調べる。お前は何者だ」

ぶつかった視線。

漆黒と茶色。

どちらも退くつもりはないのか、狭間の空間がジリジリと揺れた。

穂積の気持ちは確かに分かる。

生徒会長として日々激務をこなす彼を見れば、学院の問題を放っておくことは出来ないだろう。

それでも、千影は穂積に危険な真似をさせたくはなかった。




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