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メインストリートからやや離れた小道に並ぶカフェの一つ。
空調の効いた店内にはあまり人気もなく、居心地のよい静けさに混じってジャズが流れていた。
インテリアを重視しているのか、店内はアンティーク調の家具で揃えられている。
壁際に置かれた本棚には様々な種類の本が納められており、ライブラリーとしての性質も持っているらしい。
まるで催眠にかかったように着いて来てしまった千影だったが、今更逃げ出すわけにも行くまい。
程よい色合いになった黒革張りのソファに大人しく腰をかけた。
対面に座った男は、千影が醸し出す硬質な気配に苦笑した。
「そう警戒するな」
「無理言わないで欲しい、あんな手は……っ」
卑怯だ!と続けようとしたところで、我に返る。
途中で言葉を切ったこちらに、穂積は不思議そうだ。
「どうした?」
「……別に」
意図的に素っ気無く返した。
危ない。
うっかり「いつも」の調子で返してしまうところだった。
地味な容姿の光では、素の状態の性格が合っていたため、特別な役作りはしていなかった。
内面においては千影とほとんど差のない光だ。
うっかり素のまま会話をしてしまえば、穂積に勘付かれないとも限らない。
気付いてほしいとも思っているくせに、真逆の行動を選択する己を、千影は内心だけで嗤った。
こちらの計算を知ってか知らずか、男はそれ以上何かを言うこともなく、注文を取りに来たウェイターにアイスコーヒーを頼む。
「お前はどうする」
「すぐに帰るからいい」
「アイスティーを、レモンで」
長居するつもりはないと告げるも、勝手にオーダーをされてしまい、千影は大きなため息をついた。
キッチンへと去っていくタブリエを、呆れ混じりに見送る。
勝手だ勝手だとは思っていたが、会って間もない人間にまで、傲慢魔王だとは思わなかった。
どちらかと言えば横暴の方が正しいか。
学院にいるときとほとんど変わらぬ男に、頑なな姿勢でいる気も削がれて、張っていた肩から力を抜いた。
「俺、金払わないからな」
「無理に引っ張って来たのはこっちだ。最初からお前に払わせるつもりはない」
どうやら自覚はあったようだ。
無理に進めたと理解した上で、自分をここまで連れて来たとは、なかなか性質が悪い。
更にもう一度嘆息すると、千影は本題に切り込んだ。
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