警察署を出て駅へ向かう道すがら、仁志は怒りを抑制出来た自分を褒めてやりたい気分になっていた。

あの顔面に直接拳をぶち込んでやりたい思いはあったが、一枚越しで我慢したのだ。

これを成長と言わず何と言おうか。

赤くなっている拳をジーンズの尻ポケットに突っ込み、切っていた携帯電話の電源を入れた。

送迎の車を出すと言ってくれた家の者の申し出を断り、ここまでは地下鉄を使って来た。

資産家の子息だとて、仁志のように自分の足で動く人間にとっては、電車の方がよほど便利だった。

焼けるような太陽光を浴びて、アスファルトが揺らいで見える。

赤信号で立ち止まり、彼は先ほどのやり取りを反芻した。

キザキは、麻薬売買に絡んではいなかった。

どころか、後藤の考えでは警察に通報までしたようではないか。

一番知りたかった情報を得ることが出来て、胸の内に安堵が広がる。

確かにキザキ、光は、麻薬が出回っている場所に出没していたけれど、彼自身が麻薬と接点を持っているわけではなかったのだから当然だ。

キザキが街から消えたのは五月の終わり。

光が学院に転入して来たのは六月の始め。

自分の信じた友人は、決してドラッグの売人ではなかった。

だが。

疑惑が消えるのと入れ替わりに、疑問が姿を見せた。

どうして光は、名前を偽っているのか。

後藤の話は仁志を安心させはしたけれど、余計に説明がつかなくなった。

ドラッグを売買していたならば、以前と名前や姿を変えるのは分かる。

いつ何時捜査の手が伸びるのか分からないのだ。

変装、偽名を駆使するのは当然と言ってもいいだろう。

しかし光は売人ではなかった。

通報するくらいだ。

現在、学院で流行しているドラッグも、彼が捌いているわけではないはず。

では何故、姿を偽る必要があるのか。

名前を変える必要があったのか。

彼はキザキ?

それとも長谷川 光?

まったく別の誰か。

抱き続けた疑問が表出する。

ドラッグとの繋がりの有無を確認した今、最重要項目へと移項された。

解消された問題はまだ一つ。

大きな謎が、仁志の前に立ちふさがっていた。




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