いや、すでに入所している組員が行動を起こすかもしれない。

けれど、仁志が聞きたいのはそんな話ではなかった。

警察と暴力団の問題など、自分にとってはどうでもいいことだ。

「ヤクの出所とか、組の話が聞きたいわけじゃねぇ。お前と……キザキのことだ」
「あぁ?キザキだぁっ……!?」

口にした途端、後藤の形相が豹変した。

無気力ともとれた態度は一変し、椅子を蹴倒しながら立ち上がると、アクリル板にダンッ!と拳を打ちつけた。

突然の暴挙に制服警官たちが後藤の肩を力任せに掴み、無理やり椅子へと引き戻す。

半ば押さえつけられる形だったが、後藤の瞳はまるで憎い敵でも見るかの如き鋭さで、仁志を睨み付けていた。

「アイツはただのチキン野郎だっ!俺がどれだけ世話してやったかも忘れやがって……!」
「大人しくしろっ」

語気も荒く叫ぶ被疑者を一喝した警官に、仁志は視線を向けた。

怜悧な双眸が発する無言の沈黙要求に、気圧されたように警官は口を閉ざす。

「なんだっ?てめぇキザキが気になんのかよ!?あんなクズやめとけっ、土壇場になってビビリやがって」
「どういう意味だ」
「あの野郎、せっかく金稼がせてやるっつったのに、ヤク受け取る直前になってバックレかましやがった!」
「ドラッグの売買には関わってなかったっつーことか?」
「関わる関わらないとかじゃねぇ、一粒だって触ってねぇよ!あーくそっ、二三日あとには組にガサ入るし……あのチキンがサツに垂れ込んだに決まってんだよっ!」

相当な怒りに支配されているのか、口角から泡を飛ばしつつ捲くし立てる男の目は、焦点が合っていない。

もしかすれば後藤自身、麻薬中毒者なのかもしれないと気付いた。

クスリが切れて久しいならば、禁断症状に苦しむ時期だろう。

今にも暴れだしそうな後藤を、極力冷静な目で観察していた仁志は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

必要な情報は聞けた。

無理を言って面会させてもらっていることもあるし、早めに切り上げるに越したことはない。

だが、その前に。

「おい、後藤」
「あぁっ!?」

ちょいちょい、と指で近付くように指示。

後藤もまた立ち上がると、アクリル板に顔を近づけた

とき。

ガンッッ!!

仁志は透明な壁を貫かんばかりの勢いで殴りつけた。

「ヒッ!!」

凄まじい衝撃に、後藤のみならず警官たちの目までもが限界まで見開かれる。

先ほどの後藤の暴走など、到底及びもしない気迫と威力。

ビリビリと震える空気は、仁志から発せられる灼熱の怒気に呼応するようだ。

「二度とアイツの名前を口にすんな。てめぇの都合でケチつけてんじゃねぇよ……殺すぞ」

低い恫喝が一瞬にして室内を冷気で包む。

竦んだ身では誰一人として動くことも叶わない。

切り込むほどの眼光で、情けなく放心する元不良グループリーダーを一瞥すると、仁志は凍りついた面々を置いて単身部屋を後にした。




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