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あまりに明白な後ろめたさの形。
どんな顔で保護者と向き合えばいい。
この受け入れてはならない感情を、万が一にも悟られてしまったら、言い訳のしようもない。
最初は仁志だった。
調査のために潜入した学院で、売人候補と考えていた男と、友達になりたいと思ってしまった。
いつか嘘偽りのない本当の姿で、あの不良男と正面から向かい合いたいと、そう思って。
同時に発生した恐怖心は消えないけれど、今でも確かに存在する調査員としては間違った感情。
ここまでなら、何とか許容出来た。
赦されぬ望みと分かっていても、己の本心であると認めることが出来た。
だが「コレ」は駄目だ。
「コレ」は本当に間違っている。
答えは簡単。
千影が不満に思っているのは、穂積が「気付かなかった」ことに対してなのだ。
仁志とありのままの身で友達になりたいと思う気持ちは、自ら正体を明かすことが前提条件だが、コレはその対極に位置する。
千影は穂積の側から、光と千影を結びつけてくれることを求めているのだ。
少年は芽生えかけた危険思考を押し込めるように、冷蔵庫の扉を閉めた。
平時をどうにか呼び寄せて、グラス二つを手にリビングに戻った。
ちょうど自室から出て来た男は、どこかへ連絡をしていたのか携帯電話をポケットにしまう。
「間垣さん?」
「あぁ。昼間の売人のことでな」
アイスティーで喉を潤しつつ言われ、千影は神妙な顔つきになった。
二手に分かれてターゲットを追った結果、自分と異なり木崎はしっかりと売人を捕まえていた。
その場で所持品を改めたところ、インサニティの携帯を確認。
今しがたマトリに引き渡して来たのだ。
「ごめん、俺ばっかりヘマして」
「調子悪いな。今回は邪魔が入ったわけじゃないって言うし」
「うん、相手の方が地理に詳しくて、路地で撒かれた」
喉の突っかかりを堪えて吐き出した嘘。
ここで邪魔が入ったなどと言えば、保護者には弱い自分だ。
その邪魔が誰であったかまで言わされてしまうのは目に見えている。
不満な思いとそれを否定する二色が混ざり合って生まれた、絶賛後ろめたさ期間中の千影は、罪悪感に苛まれながらも偽りを口にするしかない。
カウチに腰をかける少年を、注意深く見ていた男だったが、纏う頑なな雰囲気に何か察するところがあったのか、追ってがかかることはなかった。
「まだ取り調べの最中だが、さっきの売人も小売業者だったみたいで、大本に関係する情報は持ってなさそうだ」
「そっか……」
ここ数日の懸命な捜査により、木崎のリストに上がっている名前の半数まで確認していたが、追い求めている薬物と関連していたのは、今日の男が初めてだった。
ドラッグを捌いている者は他にも幾人かいたものの皆別の薬で、ようやくヒットだと思ったのに。
赤ペンでリストにバツ印を付ける木崎に、千影は密かに拳を握り締めた。
城下町で手がかりを見つけなければ、いよいよ学院が怪しくなって来る。
当初、間垣から渡された資料にも、根源となる売人は学院に潜伏している可能性があると指摘されていたし、お世辞にも碌鳴で居場所を確保しているとは言えない「光」では、調査の範囲に限界があった。
残り半分から見つけなければいけない。
インサニティの売人を。
でなければ、内側から消えない友人への疑念が、威力を増してしまうかもしれないのだ。
疑いたくない、疑いたくない。
必要なのは、仁志を手放しで信頼する勇気であると、このときの千影は気付いていなかった。
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