矛盾を有す。




心臓が痛い。

シャツの胸元を、爪を立てるように掴みながら、千影はゆっくりと細い息を吐き出した。

部屋のカウチに身を預け、オレンジ色に満たされた部屋の中空を眺める。

遮光カーテンの隙間から差し込むのは、攻撃的な夕刻の光線だ。

刺し貫くほどの威力は、昼間受けた視線の強さを連想させた。

探る光を宿した鋭い双眸が、頭の中を占拠してから、もう随分と時間が経っている。

一向に褪せぬ鮮明なワンシーン。

今になって思えば、まるで映画のように劇的だった。

ぶつかってしまった相手が知り合いだったなんて。

古臭いロマンス映画か昭和の少女漫画ではないか。

ただし、千影の心臓は歓喜や感動で痛んでいるのではない。

不安と焦燥と混乱。

そして、もう一つの感情できりきりと痛むのだ。

逃げ出した学院の支配者は、サバイバルゲームのときのように、ダイブした少年の体を全身で受け止めてくれた。

ぶつかった箇所はまだ鈍く痛むけれど、地面と激突するよりずっと軽症だった。

違う、体のことなどどうだっていい。

あんな場所で穂積と遭遇すると、誰が思う。

はっきりと見られた自分の素顔に、吸い込む空気が鉛に変わる。

二度目だ。

あの男に素顔を見られたのは、二度目なのだ。

寝ぼけ眼での会合は、彼の記憶にないと分かっていても、今回のことをきっかけに思い出されないとも限らない。

万が一にも、今の自分と「光」をイコールで結ばれてしまったら。

最悪のパターンは容易に想像出来た。

名乗ってしまった事実も、千影の頭を悩ませる一因。

姿を見られただけでも問題なのに、真実の名を告げてしまうなど言語道断だ。

問いかけに含まれた、どこか切迫した気配に押されてしまった。

気付けば口を突いて零れた自分の名前は、学院で生徒会長を務める男の脳にしっかりと刻まれたことだろう。

溢れんばかりの後悔もまた衰えを知らないが、上回る感情は戸惑いの方が強い。

面と向かって聞かれたとは言え、偽名でかわすのが正しい解である。

何故に自分は、馬鹿正直にも「千影」と教えてしまった。

正体を隠す気はあるのかと、己に辟易した。

「ただいま……って、お前クーラーつけてないのか?」

帰宅を告げる保護者の驚愕に、千影は内側から抜け出した。

ワイシャツの襟からネクタイを引き抜きつつ、木崎は冷房のスイッチを入れた。

「家賃と間取りはいいんだけどな、ここ西日入るだろ。……どうした?」
「え?何が」




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