「ドラッグに直結するかどうかは明言出来ないが、捕まえて話を聞く必要はあるだろう。背は170前後、細身で茶髪。鼻筋の右にほくろがあったから、後で碌鳴のデータを渡す」

追走中に確認したのは後ろ姿だけだったが、一瞬だけ見えた少年の造作はしっかり覚えている。

写真入りで保管されている学院のデータベースを漁れば、それが誰であったのか判明するのは早いだろう。

捕獲には失敗したものの、最低限のことはしっかりやっていた穂積に、綾瀬は小首を傾げた。

拍子に揺れる長い髪も相まって、周囲からは女性とでも思われているかもしれない。

そこかしこから聞こえた感嘆の吐息は、男のものばかりでしょっぱい気持ちになる。

学院の外でも同性から関心を集めてしまうとは、幼馴染も損な容姿だ。

いや、男と承知で好意を向けられるよりは、こちらの方が随分マシか。

穂積の複雑な心境など知らぬように、綾瀬は注がれる熱い目線たちに一切頓着せず、口を開いた。

「取り逃がしたなんて、穂積にしては珍しいね」
「突然だったからな」
「君から逃げられるなんて、相当運がよかったのも。あ、でも本当に運がいいなら、まず見つかってないか」

まったくだ。

あれでもし邪魔が入らなければ、自分は確実に捕まえていた。

逃れられたと安堵するのも束の間、気分を急降下させる知らせはすぐに訪れる。

今日捕まっていた方が、少年にとっては幸運だったかもしれない。

そこまで考えた穂積は、関連して引き出されたビジョンに再び意識を攫われた。

陽に透けて甘く蕩けたブラウンの髪。

覆いかぶさる細く長い四肢、華奢な体躯。

精緻に整った白い貌と、頬に影を作る長い睫毛を小さく震わせ、謝罪を口にする血色のよい唇。

不意打ちのアクシデントに驚いたのか、大きく見開かれた眼は髪と同色である。

路地を出るや、猛スピードで突進して来た人物は、思わず息を呑むような美しい存在だった。

交わった視線の強さが、鮮やかに思い出される。

だが、穂積が彼を気にかける理由は、その秀でた容姿のためではなかった。

デジャヴュ。

間近で目にしたあの少年に、激しい既知感を覚えた。

自分は彼と、どこかで会ってはいないだろうか。

あれほど目立つ外見をしている者を、そう易々と忘失するはずがない。

考えなくとも優れた記憶力は否と告げるのに、何故か知らぬ相手とは思えないのだ。

つい衝動のまま髪を掻き上げ露にした彼の美貌は、穂積の中に困惑を生みこそすれど得心を与えることもなく、思案の内に身を離されてしまった。

硬質化した空気は拒絶と警戒を主張しており、俯き加減で改めて謝罪をされた。

踵を返した彼の手首を掴んだのは、ほとんど無意識。

焦がれるように名を訊ねた己の声の、何と必死なことだろう。

教えられたのは、三つの音。

『ちかげ』

馴染みのない名前は落胆を呼ぶどころか、すぅっと肌に染み込んだ。




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