信じるために。




SIDE:仁志

渡された書類に目を通した男は、シャープに整った面を強張らせた。

数枚の紙を持つ指に力が入り、乾いた音が鳴る。

広々とした室内には他に人影はなく、これを届けた使用人もすでに退室済みだ。

「嘘だろ……」

仁志の口から転がり落ちた。

久方ぶりに帰省した本家。

相変わらず人気のない静まり返った気配は慣れている。

家の人間は予定もなかった自分の帰省に戸惑うことなく、よく教育された動きでこちらの要望に応じてくれた。

長い不在が続いていたにも関わらず、自室は放置されていた様子もない。

掃除の行き届いたその場所で、待たされたのは長い時間ではなかった。

仁志の目が凝視するのは、ある人物の調査書。

己個人では難しくとも、本家ならばいくらでも情報を引き出すことが出来る。

あまり「家」に頼りたくはなかったが、仁志とて必死だった。

その必死の結果、導き出された紙の上のワードは「麻薬」。

弛緩させた体を重力に従い落とせば、上質のソファが重みでへこむ。

すっかり固まっていた頭をぶんぶんと左右に振って、仁志は書類の続きを読み始めた。

冷静になれと胸中で繰り返すも、セットされたブリーチ頭にやった手は、金髪をくしゃりと乱す。

後藤 祐二。

一枚目に記された名前の男について、その紙は教えてくれた。

五月の連休中に赴いた隣県の、不良グループでヘッドについていた男である。

特段秀でるものもなかった後藤だが、狭い街ではそれなりのカリスマ性を発揮していたらしい。

自チームを周辺エリアで一二を争う規模にまで拡大し、素行不良少年たちが手を出す一通りの悪事はこなしていた。

だが、後藤は子供の反抗期と片付けるには、少々無理のあるものにまで足を突っ込んだ。

麻薬の売買だ。

書面が伝えるところによれば、近隣を縄張りにしていた広域指定暴力団傘下の松山組の人間に声をかけられ、チームの少年を中心にドラッグを捌いていたとのこと。

先月耳にした、電話の声が蘇る。

――後藤さんな、逮捕されたんだわ。

詳しいことを知らなかったところを考えれば、彼はこの一件に関与していなかったのだろうが、まさか麻薬売買だったとは。

眩暈すら覚えかけたのは、何も後藤の悪事が思いの外重大だったからではない。

あんな猿山の大将のことなど、仁志にとってはどうでもよかった。

どうでもよくないのは、黒髪の少年だ。




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