見られた。

見られた見られた見られた見られた。

自分の。

「千影」の素顔を。

「光」の真実の顔を!

持ち得る限りの理性を総動員して、冷静になれと言い聞かせる。

ここで動揺してはいけない。

どれほど逃げ出したくても、逃げることは出来ない。

妙な行動一つ取るだけで、穂積に確信を与えてしまうかもしれないのだ。

内側から続く心臓の激しいノック音を、気付かれるわけにはいかなかった。

今現在可能である最上級のさり気なさで、相手の上から退き立ち上がれば、釣られるように穂積も起き上がった。

「すいません、急いでいたもので」

服を払う仕草にかこつけて顔をそらす。

やや低くした声音は、思いの外自然なものだったと思う。

なのに。

突き刺さる視線を感じるのは、何故なんだ。

痛いほどの眼光は、見なくとも知れる。

まさか、バレたのか。

いや、そんなことがあるわけがない。

ボサボサの黒髪と黒縁眼鏡は、自分の人相を別人に変えてくれていたではないか。

大丈夫、落ち着け。

千影と穂積は赤の他人だ。

静かにこの場を後にしろ。

無言の穂積にペコリと頭を下げて、千影は踵を返した。

ところで。

「っ!」

背後から手首を引かれた。

決して強い力ではない。

だが、その緩やかな拘束は「赤の他人」が、ムキになって振り払うことは憚られる強さだった。

掴まれた箇所は夏の気温を軽々と越える。

冷たい恐怖と熱い衝撃。

砕け散りそうな心臓を抱え、ゆっくりと半身を返す。

「あの……何か?」

そうっと持ち上げた茶色の眼を、男の漆黒が捕まえた。

真っ直ぐに射抜く、あの黒い瞳が。

「お前、名前は?」
「ち、かげ……」

名乗ってから気付くも手遅れだった。

口にした言葉は取り消せない。

自分自身の手酷い裏切り行為に、掻き集めた理性が崩壊した。

力任せに穂積から己の手首を取り戻し、なりふり構わず走り出す。

怪しまれるだとか、他人のふりだとか。

そんなことを気にする余裕は、当然の如くない。

混乱極まる少年が足を止めたのは、息も絶え絶えになってから。

汗を含んで張り付くシャツの不快感、顎を伝う雫の熱さ。

「なんで……」

零した台詞は誰の耳に入ることもなく、遠くの喧騒に紛れて消えた。




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