それは人影だった。

相手と並んだと思ったのは瞬きの間である。

まだそこまで追いついてはいないはずだと冷静に考えれば、答えはすぐに出た。

相手は向こうの路地を逆走し出したのだ。

悔しさで奥歯を噛み締めつつも、即座に自身の体を無理やり方向転換。

唐突に力の流れる向きを180度変えられたせいで、履いたスニーカーが妙な音を上げたが聞こえない。

近道などと安易なことを考えず、同じ道を追えばよかったと後悔しても遅い。

もうこれより先には上がらないスピードまで持って行き、一心不乱に走り続けた。

寸前までの道に出たときには、更に直進する相手の姿がチラリと見えた。

今度こそ同じ道に飛び込みたかったが、もう一度勢いを殺し少年の道側へ曲がることは不可能だと足が叫ぶ。

続く正面の路地に飛び込み、終わりにぶつかる表通りで確保するしかない。

自分の方が足も速ければ体力もあることは、今の距離の差で発覚していたから、取り逃がすことだけはないはずだ。

薄暗がりの路地裏レース終了を告げるように、差し込む光明に身を晒す。

踏ん張った足で跳ぶように、最後の左折。

今まさに路地を抜けて登場した少年を捕まえようとした。

なのに。

「っ!?」
「うわっ!」

本日二度目の予想外。

少年の後を追って現れた長身の人物に、瞳を見開いた。

タックル上等の捕獲を考えていただけに、ブレーキが間に合うわけがない。

千影の体は腕のいいスナイパーが放った弾丸さながら、後続の男にぶつかった。

華奢な身に走る酷い衝撃。

地べたに投げ出される前に、アスファルトよりも柔らかく、けれどしっかりと硬いものに全身が打ち付けられる。

骨と骨同士の激突だと、経験から悟った。

七夕祭りで無茶な妨害を仕掛けて来た、仁志ファンに教えてやりたい。

人間同士が接触すると、こんな大惨事になると言うことを。

頭の片隅に浮かんだ逃避とも言えるべき考えは、聴覚が追い続ける少年の足音が、遠ざかって行く事実を認識させないためか。

あぁ、逃がした。

津波のように襲い来る喪失感と悔しさに、今にも溺れそうだったこちらを現実に戻したのは、下敷きにした男が身じろいだ気配だった。

「おいっ、どこを見て……」
「ってぇ……すいませ……」

幾ら急いでいたからと言って、この人には悪いことをした。

骨格がしっかりしているようだから、深刻なダメージはないはずだと思いながら、圧し掛かっていた相手から身を起こし、顔を上げ。

黒曜石の双眸を携えた、美しい男を瞳に映したとき、千影は世間の狭さを知った。




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