その少年を見つけたのは、木崎のリストに載っていた売人候補と接触しようとしたときだった。

日中の人目を避けるように、入り組んだ路地裏にいた売人候補は、千影たちが見つけたとき、ちょうど客相手にドラッグの取引をしていたのである。

白昼のやり取り自体は珍しいことではない。

都心ならば雑踏に紛れるように、街路で行われることだってあり得る世の中だ。

挟み込むように別ルートから様子を窺う木崎は、急に立ち止まったこちらに少々戸惑ったのか、耳につけた携帯電話用ハンズフリーから「どうした?」と訝しげな声がかかった。

しかし、明確な返事は出てこない。

売人と言葉少なに売買を進める少年に、千影は妙な感覚を抱いたのだ。

顔に見覚えがあるわけではない。

ただ、あの空気を、自分はどこかで知っている。

一見しただけで分かる、品のよい私服と小奇麗に整った容姿。

ドラッグ購入者にしては、どこか浮いて見える少年を、千影は注意深く見つめて。

ハッとした。

「あれ、碌鳴の生徒だ」
『なに……って、くそっ!』

落とされた罵声と共に、向かいの路地から保護者が飛び出したのが分かった。

こちらの存在を察知したのか、視線の先にいた男たちは、弾かれたように身を翻し二手に分かれて逃げ出したのだ。

千影もすぐに地面を蹴りつけた。

『お前は学院生追え!売人は俺が行く。――この暑い中年寄り走らせやがって……!』

不満を吐き出す男に返事をする余裕はなかった。

先を行く少年の背は、区画整理されているはずの城下町の路地裏を迷うことなく進んで行くのだ。

右に曲がり左に曲がり、追い縋るこちらを引き離そうと、複雑に道を変えるものだから堪らない。

流石に学院の生徒なだけあって、お膝元の地理には詳しいらしい。

ここ数日の調査の内に、大分脳内地図と実際の道を一致させていた千影だったが、地の利は明らかに逃走者にあった。

それでも持ち前の俊足で、次第に距離を縮めることに成功する。

相手が次に入った路地を知っていたのも、幸運だった。

素早く頭に広がったマップを辿り、相手より手前の別の角を折れた。

斜めに抜けるようにして作られた路地は、少年が出るはずの道に合流する一本だ。

フルスピードで動かす足の速度を更にぐんっと上げ、スパートのつもりで駆け抜ける。

だが、予想外のことが起こった。

捜査員としての勘が、最大値にまで引き絞られていたせいもあったのだろう。

気付いたのは、鋭敏過ぎる神経と少なくはない経験が生み出した奇跡だ。

路地の左右に並ぶビルとビルの細い隙間。

少年が疾走して行った道側の隙間から洩れる、看板灯の微かな光が遮られた。




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