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カウチに放り出したままのリストには、いくつかの名前が記載されていて、自分と異なり保護者はきちんと売人候補を選出していた。
もっとも怪しいと目される学院に潜入しながら、これと言った情報を収集出来なかった自分に、苦い思いが生まれる。
自然と俯き加減になる頭に、木崎の手がポスンと乗った。
「慣れない環境にしては、上出来だろ?」
「けど……」
「それに、まったくの収穫ゼロってわけじゃない」
男は二人用の小さなダイニングテーブルを離れ、千影がやって来るまでの定位置である黒のインテリアへ腰を下ろした。
取り上げた書類の束を指で弾く。
「売人は、学院の中にいる。高い確率でな」
言われて、頷いた。
霜月の部屋へ届けられたインサニティは、宅配便によるものではなかった。
日本を代表する企業の御曹司や、権力者の子息が集う碌鳴のセキリュリティレベルは、非常に高い。
まったくの部外者が、生徒たちの生活の場である学生寮に侵入することは、ほぼ不可能だ。
仮に外からの来校者がやって来たとて、寮に足を運ぶことはないだろう。
つまり、会長方筆頭にドラッグを届けた人間は、少なくとも学生寮に自由に出入り出来る人間。
すなわち碌鳴学院関係者だ。
「でも、霜月にインサニティを与えた奴が、大本の売人とは限らないだろ?」
根源からクスリを購入したものが、それを更に小分けにして販売するというケースが、インサニティの特徴。
以前、木崎が捕まえマトリに引き渡した相手も、その小売業者だった。
今回もそうでないとは言い切れない。
スラックスのポケットから食後の一服を取り出した保護者の手から、さっと煙草の箱を奪う。
「おいっ」
「壁紙黄ばむだろ。出るとき張替え代金請求されたら、どうするんだよ。で、答えは?」
「もう手遅れだ。……確かにお前の言うとおり、雑魚の可能性は否定出来ないが、高い確率でそいつが大本だ」
小さく落とされた言葉は無視して、千影はベランダへと木崎を押しやった。
自分が来るまでは吸いたい放題だったのか、すでにやや黄ばんで見える部屋の壁だが、まだシラを切り通せるレベルだ。
これ以上悪化させるわけにはいかないと、屋外での喫煙を命じる。
冷房の効いた庇護下から出れば、むっとする夏の夜風が顔にぶつかった。
暑苦しそうに顔を顰めた木崎に、煙草の箱を返しながら。
「売ってないから?」
「あぁ。小売にしている奴らの大半は、自分が購入した金額よりも随分ふっかけて転売してるだろ?元値が安いから、それでもまだまだチープだが。小売業者の狙いは金だ。けどそいつは、無償で大量のインサニティを流した。目的はさっぱりだが、金目当ての小売だと思うより正体不明の売人って考えるのが自然だ」
薄っすらと考えていたことを口にされ、千影は首肯する他なかった。
元から、学院内に売人がいるのではないかと推測されていた。
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