保護者。




「味が濃い」

煮物を一口食べた男は、淡々と厳しい批評を下してくれた。

対面に座り自らが作った夕食に箸を付けようとしていた千影の動きが、ビシリと固まる。

片頬をひくつかせ、向かい側に座った男を睨み付けた。

「お前、少し腕鈍っただろ。寮で自炊してないのか?」
「五月蝿い、武文。大体、普通の高校生男子が自炊なんてするわけないだろ。しかも、あの金持ち学校で」

食堂に行けば最高級の料理が提供される環境にあって、自炊という選択肢を選ぶほど奇特な人間ではないと返せば、何故か保護者は嬉しそうに眉を持ち上げた。

文句を言ったわりには、白米と合わせて煮物をパクパクと口に運ぶ。

「……なに?」
「いや、まさかお前の口から「普通の高校生男子」なんて言葉が出て来るとは思わなくてな」

きちんと呑み込んでから寄越された台詞に、内心ドキリとする。

そうだ。

つい数ヶ月前までの自分ならば、「普通」の男子高校生の食事情など知りもしなかった。

同年代の人間と、長期間昼夜を共にしたのは初めてで、いつの間にか他の少年たちが過ごす「普通」を理解していた。

碌鳴という「学校」に潜入しなければ、知ることもなかっただろう。

呆然とするこちらに、木崎は特段表情を変えることなく、食わないのか?と聞いてくる。

我に返って魚の切り身に箸を伸ばした。

「で?学院の方では何か分かったのか」
「あ、その、この間ドラッグと関連する事件があってさ」

食事を続けながら、つい先日の霜月事件について説明をする。

話が自分の拉致の段階になったところで、木崎の面はこれ見よがしに顰められたが、一瞬の出来事を味噌汁を啜っていた千影は見逃していた。

終盤に近付いたところで、不意に思い起こされそうになった場面があった。

脳の深い場所でチカリと明滅したシーン。

急いで記憶に蓋をして、どうにか咽ることなく食事を嚥下したものの、走りかけた鼓動が落ち着くまでには、少しの時間が必要だった。

「だ、から……霜月が言うには、突然インサニティが大量に届けられたってことらしいんだ」
「なるほど。しっかし、ただの媚薬だと思って使ってたとは」

一通り語ると、綺麗に夕飯を平らげた木崎は、呆れたように嘆息した。

食器を片付けようと立ち上がった彼に同感だ。

強制的に性的興奮を促すのが媚薬だが、インサニティはそのレベルが尋常ではない。

学院での事件で目にして来た服用者たちは、皆理性の鎖から解き放たれ、剥き出しの本能でこちらを組み敷こうとしていた。

単に性行為を楽しむだけの薬とは、言い難い効力である。

中毒にならなかったのは、幸運以外の何ものでもない。

「有力な手がかりだと思ったんだけど、結局霜月から売人を追うことは出来なかった」
「お前が見極めたんなら、そのガキの証言はまず真実だろうからな」
「うん。嘘は言ってなかったと思う。武文の方は、割と絞れてたんだ?」




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