真っ直ぐの在り処。
間垣への報告があると、保護者は随分前に自室に籠っていた。
千影は何も訊ねて来ない男へと、胸中だけで謝った。
無理に問い質されないことが、どれほど自分の気持ちを救ってくれているのか。
こんな悩み、木崎にはとてもじゃないが言うことは出来ない。
ここ数ヶ月の間に木崎が調べた、売人候補のリストをぼんやりと眺めれば、思考はたちまち内側へと潜って行く。
―――お前は、誰だ?
耳の奥で鳴り響く、鋭い声、口調。
仁志から切り込まれたとき、自分の命の脈動は止まってしまうのではないかと思った。
全身の血液が絶対零度までに冷却され、体を硬直させた。
あの声は確信に満ちていた。
あの声はすでに知っていた。
そうして千影の正体を見極めようと、研ぎ澄まされていたのだ。
どうしてそこまで警戒するのか、考えた途端に呼び起こされるのは、インサニティの売人。
仁志と売人をイコールで繋げる公式が、浮かんでは弾けて消える。
彼のはずがない。
綾瀬すら巻き込む事件に絡んでいたものに、彼が手を染めるはずがない。
分かっているのに、信じようとするのに。
あれほど「光」の正体を暴こうとするのは、バックグランドが不確かなこちらを警戒しなければならぬ理由があるからではないのか。
インサニティの売人だからでないのか。
正体がバレる。
一般生徒の「長谷川 光」ではないと、仁志に知られる。
怜悧な双眸に宿った意思の強さは、仮初の役柄を見抜いているようで。
捜査員としては致命的な失敗。
潜入先の人間に、万が一にも正体が発覚すれば、もうそこでの捜査は不可能だ。
だが、「光」が学院を飛び出した理由は、仁志の言葉に追い詰められたせいだけではなかった。
恐怖。
純粋な一つの感情が、「光」の体を突き動かして、衝動のままに学院から逃れさせたのである。
本能的な恐怖心と言っても過言ではない。
ただ、怖いのだ。
正体を偽っていたことを、仁志に知られるのが。
容姿を始め名前、経歴。
すべてに嘘をついて接していたと知ったら、彼はどんな顔をする?
調査の名目で傍に居続けたのだと分かったら、彼は何を口にする?
嘘をつかれて怒りを覚えぬ人間など、いるはずがない。
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