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どうしたのかと事情を問うた木崎に与えられたのは、「迎えに来て欲しいんだけど」。
学院がある山の中腹まで下って来たものの、流石にこれ以上は無理だと判断したらしい。
何がどうしてそんなことになったのか、さっぱり分からない男にそれ以上の説明が与えられることもなく、怪訝な思いですぐに車を走らせた。
麓から学院までは一本道で、入れ違いになることはまずない。
迎えを待つ間にさらに下山していたらしい少年の姿は、山の朝に漂う薄霧の中でもすぐに見つけられた。
分かれたときと同じように、ボサボサの黒髪と時代遅れの眼鏡をかけて。
私服姿の肩には、スポーツバッグが一つあった。
運転席から降りて、何事かと駆け寄った相手の顔を見たとき、木崎は直感した。
この少年の中で、根幹を揺るがすほどの「何か」があったことを。
深く追求することなく、調査のために城下町に借りたマンションへと連れて行った。
千影は自分の悩みを口にしない。
こちらに心配をかけさせないためなのか、限界まで己の内側に溜め込み、一人で抗おうとする。
木崎の抱く罪悪感を見抜いているのも、多くを語らぬ一因だろう。
これ以上、木崎が自責の念に駆られぬようにと、慮っているのだ。
余計な気遣いをさせてしまう自分を情けなく思うものの、いつも無理に聞くことはしなかった。
だが、今回はいつもと様子が違う。
千影は、自分と離れている間。
「長谷川 光」として碌鳴学院に潜入している間に。
何かが変わっていた。
朝日の中で見た養い子の横顔は、木崎が知る彼よりもずっと大人びて見えて、そして木崎が知る彼よりもずっと沈んだ様子で思いつめていたのだから。
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