変化。




SIDE:木崎

「光」
「……」
「おい、光っ」
「………」
「ひーかーるーさーん」
「…………」

何度呼びかけても返されぬ応答に、男は大きな溜め息をつきつつ、またかと思う。

実年齢よりも遥かに若く見える彼は、色男と言った形容詞が具現化したかのような風貌をしている。

大人の色香さえ漂うやや甘めの端整な面は、しかし疲れたように険しく顰められていた。

「千影」
「……なに?」

カウチに座って背中を向けていた少年が、たった今初めて呼ばれたかのような表情で、こちらを振り向いた。

彼を潜入先へ送り出すときとまったく同じやり取りに、木崎は自分と彼のどちらが学習していないのか考えそうになって、慌てて中断した。

インテリアショップで気に入り、即購入した黒い革張りのカウチは、昨日から自分の特等席ではなくなった。

その背もたれ越しに、少年の顔を上から覗き込む。

「なんだよ」
「珍しくヘコんでんのかと思って」

にやりと笑ってやれば、千影は不機嫌に眉を寄せた。

木崎の顔を押し退けつつ、謝罪を口にする。

「悪かったって。俺が油断してたせいで、ターゲットに逃げられたことは、ちゃんと自覚してる」
「ナンパっていう邪魔が入ったんなら、仕方ないだろ」

昨夜、ドラッグとの関連で目星をつけていた男を、捕まえるつもりだった。

ターゲットがよく出入りしているクラブに千影を潜り込ませ、服用を確認出来次第、身柄を押さえようとしたのだ。

当然ながら木崎たちにそんな権限はなく、もちろん違法だが、そこはご愛嬌だ。

民間でドラッグ調査をするなら、法に抵触しているか一々考えている余裕などない。

兎にも角にも、二人は標的と接触しようとしたものの、後一歩のところで入った邪魔者によって、ターゲットを逃がしてしまったのであった。

一夜明けた今日、朝の陽光差し込むリビングのカウチに座り、一人何事か思案する少年を見つけた木崎は、てっきりそのことについて、彼は悩んでいると思ったのだが。

返事の内容から、失敗を悔やみ続けているようには受け取れなかった。

別の何かを思って、千影はその精緻な顔を翳らせているのである。

昨日の早朝、突如かかって来た電話を思い出し、木崎は目を眇めた。

連日のインサニティ調査などで、不規則な生活を送っている男の元へ、突如着信を告げた携帯電話。

ディスプレイに表示された子供の名前に、心臓が冷えた。

こんな朝早い時間帯に電話など、何か急を要する事態が発生したに違いない。

すぐさま通話ボタンを押したこちらの鼓膜を揺らしたのは、思いの外落ち着いた少年の声だった。




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