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それを見て、穂積は本題を思い出した。
仁志へどう話すかばかりを考えていたために、すっかり現在の非常事態が抜け落ちていた。
嘘だ。
ドラッグとの関連を疑われている、重要人物の失踪を忘れるはずがない。
更に嘘だ。
「長谷川 光」という人間の失踪を、穂積が失念出来るわけがないのだ。
穂積は誰にも気付かれぬさり気なさで、素早く口元を右手で覆った。
隠された内側で、音もなく舌打ちがされる。
自己分析の鋭さが嫌になるのは、こういうときだ。
目を瞑ってしまいたい事柄さえも、己の優秀な頭脳は許してくれない。
穂積は確かに、覚えていた。
光が失踪したことも。
光に何をしたかも。
そして、自分の行動の意味不明さをも、自覚していたのである。
なんだってあんな真似をしてしまったのかと、後悔して時間が戻るのならば、いくらだって後悔しよう。
あの出来事を抹消してくれるのならば、何だってするかもしれない。
恐ろしく苦い気持ちが胸中を満たし、人目も憚らず自分自身を罵倒してやりたい気分だ。
眉目秀麗、成績優秀、才覚に溢れ輝かしい将来が約束された、碌鳴学院の皇帝。
は。
根暗不恰好、ガリ勉少年、家柄にすら取り立てて見所もない、碌鳴学院の鼻つまみ転校生。
に。
キスをしたのだ。
瞬間、穂積は叫びだしたい衝動を覚えた。
壁でも柱でもなんでもいい、ひたすら頭を打ち付けて記憶を飛ばしてしまいたい。
勿論、そんな非常識な不審行動を取るなど、プライドが許さないが。
なんだってあんなことを。
自分で自分が信じられない日が来るとは、一週間前までの穂積は思いもしなかっただろう。
何か悪いものに憑かれていたと思わなければ、とてもじゃないが説明がつかない。
霜月と熱い口付けを交わしていた光を見た途端、腹の底から湧き上がる、我慢しがたい熱い感情があった。
ぐらぐらと不安定で、それでいてひどく凶暴で。
持て余す思いの本流は、穂積の中から容易く理性を消失させた。
気付けば動いていた己の体。
伸ばした指先で光の顎を持ち上げ。
唇を押し付けた。
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