◇
SIDE:穂積
「よかったの?」
遠慮がちにかけられた綾瀬の声に、穂積は小さく頷いた。
乱暴に閉ざされた扉の余波が、生徒会室に落ちる重苦しい空気を、未だに振動させている錯覚を覚える。
三人に減った空間は、急に寒々しい気配に包まれたようだ。
「これ以上黙っている理由もないだろう」
完結に返答すれば、さらに追及されることはなかった。
穂積は先刻目にした、後輩の見開かれた鋭い双眸を思い、嘆息した。
何も知らない生徒会書記に、転校生の不審点を伝えた。
興奮状態にある生徒を見て、何かを飲まされたと見破った光。
碌鳴の極秘事項にあたる薬物に関して、一般生徒の彼が知っているのは明らかに不信だ。
先日の一件でも、見過ごせないおかしな点があった。
監禁されていた部屋いっぱいに充満した、こっくりと甘い香り。
薬物に関係するらしいその芳香だけでも、催淫作用があると、気を失う直前に忠告の声を上げた。
それは、穂積たちでさえ知らぬ情報だった。
何故、あの少年がドラッグについて詳しいのか。
考え得る理由は限られる。
いくつもない選択肢は、尽く光とドラッグを切り離してはくれない。
これは最早確信。
鬱陶しい黒髪を持つ転校生は、間違いなくドラッグと関係がある。
懇意にしている仁志に話すことは酷だと分かっていたが、隠したままでいていい案件ではない。
心のバランスを崩した綾瀬との問題も一段落したこのタイミングを、逃すことは出来なかった。
衝撃に打ちひしがれた様子の男は、どこか焦ったようにも見えた。
ぎゅっと握り締められた拳と、眇められた瞳。
反論を紡ぐと予想していた唇は、しかし飛び出す何かを堪えるように引き結ばれ、結局沈黙を守ったまま仁志は部屋を去った。
意外な反応を内心怪訝に思うも、相手の無言は拒絶のそれとは違う。
双肩から噴き上げていた感情は、憶測で光を疑う穂積に対する怒りでも、友人にかけられた嫌疑に対する反抗でもない。
何か、とてつもないことに気付いたような。
「驚愕」。
ピタリと当てはまるワードを見つけたのと、生徒会室の扉がノック音を響かせたのは、ほぼ同時だった。
「はい、どうぞー」
綾瀬の許可で姿を見せた人物は、去年の書記、逸見 要だ。
彼は律儀に一礼してから入室をした。
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