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応じた声は不自然なほど平時と変わらなかった。
いつも通り過ぎて、纏う空気の歪さが強調されていると、自覚しているのだろうか。
瞳に込めた力をさらに強める。
「誤魔化すな。何回か聞いたよな、俺とどっかであったかって。お前そんとき否定したけど、俺とお前は会ってるはずだ」
「それは仁志の勘違いだって、俺も何度も……」
「嘘ついてんじゃねぇよ。もう一度聞くぞ―――お前は、誰だ?」
光なのか。
キザキなのか。
それとも、まったく違う他の「誰か」なのか。
硬質な音色に逃げ場がないことを察したらしい。
光の口が何事かを言おうと開いて、そしてゆっくりと閉ざされる。
今更どんな答えを聞こうと、何かが変わるわけではないから。
自分が眼前の少年を大切に思っていることに、何ら変化はないから。
手放せなくなる前に、「真実」を話して欲しかった。
緊迫した空気が崩壊したのは、軽いノック音によってだった。
張り巡らされていた緊張の糸がプツリと切れてしまう。
何てタイミングだ。
小さく舌打ちをしてから、仁志は扉を開けに向かった。
背中に突き刺さる光の視線は、果たしてどんな意味を持っていたのだろう。
ドアの先にいた歌音に、転校生が目覚めたことを告げる仁志が、それを知ることはなかった。
碌鳴学院の中から、黒髪の少年が消えたことが発覚したのは、次の日の朝である。
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