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その通りだ。
離れなければと焦り、きつい口調、投げやりな返事。
仁志を思う綾瀬にとっては、身に負った傷よりずっと痛みを伴う行為に相違ない。
「傷つけたくないなら、俺は向き合う必要があったんだ。あの人を、守るために、向き合う必要が」
「仁志は……綾瀬先輩が、好き…なのか?」
素直な感情の吐露に触発されたかのように、光の口が紡いだ疑問。
男がこちらを見ることはなかった。
ただ落とされていた視線が持ち上がり、何もない中空を真っ直ぐに捉えて。
言う。
「あぁ、好きだ」
胸の中で、ぴたりとピースのはまる音。
与えられた答えに、解答欄が完璧になる。
仁志が綾瀬に注いだ想いもまた、綾瀬と同じ「恋愛」。
恋であり、愛である感情だったのだ。
これが。
彼らの有するものが、恋愛感情なのだ。
まだ抱くことのない存在を、光は知ったような心地で。
目に見えぬ存在に、光は触れたような心地で。
ただ呆然と、満ち足りた表情をする仁志を視界に入れていた。
「つーわけで、俺の方は片付いた」
「え、あぁ、そうだな」
不意に締めくくられて、我に返る。
「でだ、こっからはまだ片付いていない話」
「なんだよ?」
いきなりの展開に首を傾げた。
弾みをつけてベッドを降りた仁志によって、スプリングが揺れる。
心臓がドキリとした。
こちらを射抜いた双眸が、あまりに鋭かったから。
探るように、縫い留めるように。
痛いほどの眼光に、身内がざわざわと騒ぎ出す。
いきなりなんだというのだ。
今までの会話から、どうしてこんな空気に転んだのか。
意識せぬところで、喉がヒクリと動いた。
硬直した光を見据えたまま、仁志は言った。
「友人」とは違う顔で。
「お前、何者なんだ」
確かにそう、言ったのだ。
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