少年の混迷を破ったのは、訝しげにこちらを見る仁志だった。

「どうした?」
「あ、いやなんでも。って言うか、仲直り……出来たのか」

一体何を考えていたのだろう。

もっとずっと重要な話の途中なのだからと、光は慌てて思考を収束させる。

問えば、こちらの様子を不思議そうに窺っていた男も、表情を改めた。

「あぁ。先輩から聞いた。衣装交換提案したの、お前なんだってな」
「……ごめん」

自身の発案が綾瀬を巻き込んでしまった罪悪感は、今もまだ残っている。

不用意な申し出をしなければ、余計な問題を引き起こすことなどなかったのだ。

俯けば頭に軽く拳が降って来た。

目が合った相手は言い含めるように眼光を強めて、まっすぐに眼鏡の奥を覗き込む。

「アホ。さっきも言ったろ、お前が悪いわけじゃねぇ」
「でもっ」
「お前が提案しなきゃ、俺はまだ綾瀬先輩と目も合わせられない状況だった」
「仁志……」

言葉の先を拒絶する仁志の台詞に、思わず口籠った。

何と返せばいいのか分からない。

二人のすれ違いは間違いなく異常だったけれど、どういう感情を持って彼らが再び向き合ったのか、光には当人たちから聞く他に知る術がないからだ。

綾瀬は仁志に恋をしていたけれど、仁志の方はどうなのか。

何を思って彼が綾瀬から離れたのか分からないし、何を思って元のような関係に収まったのかも分からない。

こちらの疑問は相手にも伝わったらしい。

仁志は彼には珍しく、穏やかに微笑んだ。

そっと視線を逸らし、また床を見つめる。

「……俺、綾瀬先輩に怪我を負わせてから、どうすればいいのかわからなかった。俺が傍にいるだけ、先輩を傷つけるなら、傍にいない方がずっといいと思った。守れず傷つけるだけの俺は、先輩の隣にいるべきじゃねぇから」

最近の仁志の行動が、何を思ってとられていたのか、ようやく少年は理解した。

仁志はただ、綾瀬を守りたかっただけなのだ。

綾瀬に迫る刃を、すべて取り除きたいと願って。

己の存在が刃となるならば、自分さえも彼の周囲から排除した。

それはとても献身的で、一方的で、傲慢な思考。

何故なら綾瀬は、決して「それ」を望んでなどいなかった。

続けた今の仁志は、自身の我侭を理解していた。

「でも違ったな。結局俺は、先輩を傷つけてただけだった。離れようと思えば思うほど上手くいかなくて、傷ばかり増やした」




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