◇
少年の混迷を破ったのは、訝しげにこちらを見る仁志だった。
「どうした?」
「あ、いやなんでも。って言うか、仲直り……出来たのか」
一体何を考えていたのだろう。
もっとずっと重要な話の途中なのだからと、光は慌てて思考を収束させる。
問えば、こちらの様子を不思議そうに窺っていた男も、表情を改めた。
「あぁ。先輩から聞いた。衣装交換提案したの、お前なんだってな」
「……ごめん」
自身の発案が綾瀬を巻き込んでしまった罪悪感は、今もまだ残っている。
不用意な申し出をしなければ、余計な問題を引き起こすことなどなかったのだ。
俯けば頭に軽く拳が降って来た。
目が合った相手は言い含めるように眼光を強めて、まっすぐに眼鏡の奥を覗き込む。
「アホ。さっきも言ったろ、お前が悪いわけじゃねぇ」
「でもっ」
「お前が提案しなきゃ、俺はまだ綾瀬先輩と目も合わせられない状況だった」
「仁志……」
言葉の先を拒絶する仁志の台詞に、思わず口籠った。
何と返せばいいのか分からない。
二人のすれ違いは間違いなく異常だったけれど、どういう感情を持って彼らが再び向き合ったのか、光には当人たちから聞く他に知る術がないからだ。
綾瀬は仁志に恋をしていたけれど、仁志の方はどうなのか。
何を思って彼が綾瀬から離れたのか分からないし、何を思って元のような関係に収まったのかも分からない。
こちらの疑問は相手にも伝わったらしい。
仁志は彼には珍しく、穏やかに微笑んだ。
そっと視線を逸らし、また床を見つめる。
「……俺、綾瀬先輩に怪我を負わせてから、どうすればいいのかわからなかった。俺が傍にいるだけ、先輩を傷つけるなら、傍にいない方がずっといいと思った。守れず傷つけるだけの俺は、先輩の隣にいるべきじゃねぇから」
最近の仁志の行動が、何を思ってとられていたのか、ようやく少年は理解した。
仁志はただ、綾瀬を守りたかっただけなのだ。
綾瀬に迫る刃を、すべて取り除きたいと願って。
己の存在が刃となるならば、自分さえも彼の周囲から排除した。
それはとても献身的で、一方的で、傲慢な思考。
何故なら綾瀬は、決して「それ」を望んでなどいなかった。
続けた今の仁志は、自身の我侭を理解していた。
「でも違ったな。結局俺は、先輩を傷つけてただけだった。離れようと思えば思うほど上手くいかなくて、傷ばかり増やした」
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