手。
「長谷川――はもう部屋に―――」
「えぇ、もう心配―――ですから、どうぞ―――下さい」
暖かい。
ごろりと寝返りを打てば、紛い物の髪がシーツの上に散る。
微かな話し声と人の気配。
常ならばすぐさま覚醒出来ただろうが、今の少年にそこまでの気力もなければ体力もない。
眠りの世界への強烈な誘いを拒絶することは不可能だ。
ただ薄っすらと浮上した意識が、夢と現の狭間にたゆたうのみ。
シャッと軽い音が微かに聞こえる。
次いで誰かの大きな掌が、優しく髪を撫でた。
さらり。
自分のものではなくとも、こちらを気遣ったその重みに頬が緩む。
手は何度か頭を往復したあと、ふっと動きを止めた。
優しい暖かさをもっと欲しいと思ってしまうのは、疲れている証拠だろうか。
無意識の内に小さく眉を寄せれば、手はもう何度か髪を撫でた。
感触を確かめるように、丁寧に髪を梳く。
あぁ、この手は誰のものだろう。
ひどく懐かしい。
小さな頃は、よく保護者がしてくれた。
成長するにつれて素直に彼の手を受け取ることは出来なくなってしまったけれど、本当はとても嬉しくて安心出来た。
なら、この手もやはり。
「た、け……ふみ?」
上手く回らない口で途切れがちに呼びかける。
意識は今にも落ちて行きそうだったから仕方ない。
すぐに与えられると思った返事は中々返って来ることはなくて。
再び深い眠りへと舞い戻る光の耳に聞こえた声が、誰のものであったかは分からない。
ただ声に含まれる感情は、心安らかに覚醒を手放せるほど穏やかなものだった。
「もう少し、寝ているといい」
この手は一体、誰のもの?
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