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浴衣の胸元をぎゅっと掴む細い指と、眼鏡の下を覗き込む蕩けた視線に金縛りにあったようだ。
見事に石化したのも無理はない。
あれだけこちらを罵り敵愾心をぶつけて来た相手から、向けられるはずのない欲求を注がれているのだから当然だ。
ダラダラと冷や汗を流している間にも霜月の動きはエスカレートして行き、袂から覗く鎖骨の窪みに柔らかく口付けが落とされる。
「ちょっ、霜月先輩っ……!」
「ふっ…んぅ……」
お前呼ばわりしていたのも忘れ、つい先輩呼びに戻ってしまう。
どうしよう。
可愛いとか思ってしまっても、所詮相手は男なわけで。
光にそんな趣味はないから体だって反応しない。
据え膳食わねば男が廃る。
思い出したのは保護者の言葉。
が、少年の胸中を支配するのは、幸か不幸か焦燥のみだ。
自業自得だからここは一発手刀で眠ってもらうしかないか。
疲れたような嘆息をして、取るべき選択肢を決めた光は、しかし次の瞬間呼吸を止めた。
否。
止めざるを終えなかった。
視界一杯に広がった、小悪魔めいた霜月の愛らしい顔。
唇に押し付けられた柔らかな感触。
爪先立っているらしく、縋りつく手に力が込められる。
何が何でも離れる気はないと、主張する霜月の何と力の強いこと。
どれだけ少女めいた容姿でも、やはり同性だと痛感した。
食むように唇を啄ばまれた少年は、自分の身に降りかかった男としての不名誉に、取り乱すでもなく呆然とするでもなく。
あぁ、そうだ。と。
至極冷静に、この状況の打開策を見つけてしまった。
するりと霜月の顎を捕まえて、自ら唇を強く押し当てる。
隙間もないほど深くなった口付けに気を良くした少年が、怪訝に思う前に。
光は相手の鼻を、指でしっかりと摘んだのだ。
「んん……んぅぅ……っうー、うー!」
男の力でガッシリと捕まえられてしまっているなら、これしか道はない。
ただでさえドラッグの影響で呼吸が乱れているところに、酸素の供給が滞ればたちまち息は苦しくなるわけで。
霜月はカッと目を見開くと、羞恥や快感とは別の原因から、顔を真っ赤に染め上げる。
ドンドンッ!強く胸を叩かれたのは間もなく。
合わさった唇を逃すものかと、顎を掴む手に力を込めた。
荒業。
この一言に尽きる。
敵の拘束から逃れるためだと認識出来る人間でなければ、とてもじゃないが真似は出来ないだろう。
苦しげにやや吊り気味の目を見開く霜月を、極至近距離で観察していた光は、もうそろそろかと当たりをつけ、唇同士の皮膚接触を終了させようと思った―――ときだった。
「長谷川っ……!?」
唐突に開かれた部屋の扉。
額から汗を滴らせ、肩で息をするその人は、室内の惨状に闇色の瞳を見開いた。
「ぷはっ……はっ……遅いですよ、会長」
自分の危機にはいつも真っ先に駆けつけて来る生徒会長へと、光は少しだけ苦い笑みを投げた。
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