ぎこちなく霜月を見た光は、相手の表情にばっちり目撃された事実を悟らずにはいられなかった。

「そんな、顔してたなんて……」
「いや、えっと、これには諸事情がありまして」
「本当に、綺麗」
「え?はい?霜月先輩?」

どう言い訳をしようかと頭を抱えそうになった光は、少年の声の質に違和感を覚えた。

まるで甘い空気に酔ったようだ。

甘い空気……?

ちょっと待て。

眼鏡以外に、自分は何かを忘れていやしないだろうか。

記憶を遡れば、すぐに見つかる答え。

この部屋に霜月が入室して来たとき、彼らと共にあの独特の芳香も流れ込んで来た。

常用者の体から漂うものより、ずっと強い香り。

それはつまり、後から部屋にやって来た誰かがインサニティを服用したと言うことで。

急いで床で潰れている生徒たちを確認する。

かろうじで意識を保っている生徒の中から、荒い呼吸音が聞こえて来れば確定だ。

体育倉庫で、霜月は光を強姦させよとしたのだ。

今回に限って同じような手段に出ない理由はない。

光よりも小柄な少年、ましてやこちらを憎んでいる彼までインサニティを飲んでいるはずもないから、恐らくは匂いに当てられたのだろう。

不味い。

非常に不味い。

恐る恐る窺えば、白い肌を上気したよう赤らめて、小さく開かれた唇からは呼吸音が洩れている。

インサニティの厄介な性質に、光は口を引き結んだ。

幼い頃からの訓練の賜物か、光の体はある程度までなら薬物に対抗出来る特質を持つ。

学院に潜入する前には、短期間ながら濃度を薄めたサンプルに晒されることによって抗体も作った。

だが、一般人はそうもいかない。

自身の特異体質と嗅覚の麻痺によって失念していたが、この部屋に充満する蜜の香りは目に見えても不思議ではないほどに濃い。

次第に激しくなる霜月の呼吸音に、どうすればいいのか分からない。

こちらの困惑は相手のペースへと転がりやすいと知っていたけれど、少年の足は少しずつ後退。

体格は勿論、戦闘能力では話にもならない小柄な彼が相手となれば、簡単に気絶させることくらい出来るだろう。

それでも理性の鎖が弾け飛んでいない現在の状態で、光が霜月へ手を上げることは躊躇われた。

膠着は僅か。

華奢な体躯が自然な動きで傾いたかと思うと、トンッと胸に軽い衝撃を受ける。




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