◇
そう思ったのと、脇腹に凄まじい衝撃を感じたのは同時だった。
条件反射で出した防御のおかげで直撃は免れたものの、光の華奢な体が吹き飛び壁にぶつかる。
「っかほ……っ」
ガードした腕にがくがくと震えが走り、暫時感覚が飛ぶ。
回復を待つ時間などあるはずもなく、戦闘本能を漲らせながら態勢を直し前方を睨んだ。
相手は弱った獲物を捉えて、残忍な笑みを浮かべている。
癇に障る口元に、俄然負ける気が失せた。
ダメージを被った自身の体を鼓舞し、床を蹴りつけ走り出す。
予想外のスピードに面食らう男に向かって、短い助走にも関わらずバネを使った高い跳躍からの蹴り。
相手のこめかみに照準を合わせた攻撃は、敵の脳を振動させた。
「はがっ……!」
ドシンっと盛大な音を立てて倒れた男は、白目を剥いて昏倒していた。
身軽さは光の一番の武器。
スピードを始め、曲芸染みたアクションだって容易にこなせる。
その分、敵からの攻撃に対し弱いのも事実だった。
細い体躯に鋼の防御力が宿るはずもなく、まともに食らえば先ほどのように衝撃を殺せない。
だから、出来る限り急所を狙った技を使い、速攻で相手を翻弄する。
敵の攻撃を避けるのが、光が勝利するための絶対条件と言っても過言ではなかった。
脇腹がズシリと重い。
肩で息をしながら、ぼろぼろの体をやっとの思いで動かし、部屋の隅で硬直した少年を視界に映した。
「ひっ……」
短く息を呑む音。
足取りは覚束ないものの、光の眼光は鋭いままだ。
怯え萎縮した霜月を壁際に追い詰めると、バンッと顔横に手を突いた。
「あとは、お前だけだ」
「ま、待って、待ってよ僕は……」
一体なにを言い訳するつもりなのか。
拙い釈明の言葉など求めていない。
光はぐっと顔を近づけると、間近にある霜月の瞳を覗き込んだ。
「インサニティを、どこで手に入れた」
「知らない、知らない知らない、そんなもの……」
「あの三人に渡したドラッグのことだ。どこで、誰から買った」
ふるふると頭を振っていた霜月は、しかしこちらの詰問に困惑の表情を浮かべた。
「ドラッグ……?」
まるで初めて聞いた言葉であるかのように復唱。
それからみるみる広がる驚愕の色。
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