◇
用件は以上だな、と通話を打ち切ろうとしたこちらに、仁志は最後に焦ったように言った。
『ちょ、ちょっと待って下さい!』
「なんだ」
『……着替えの用意も頼みます』
顔が強張った。
洩れる会話から綾瀬が発見されたことを察したのだろう。
穂積の様子を窺いながら、会計方を動かすべく電話をかけだした逸見が、一変して硬くなった生徒会長の纏う空気に眉を寄せる。
「それは、どういう意味だ」
『未遂です』
男の気配は電話の先にも伝わったらしく、聞こえた一文もまた硬かった。
返答に携帯電話がギシリと音を立てた。
一つ息を呑むことで衝動を殺す。
「……わかった、お前らはまっすぐコテージに戻れ」
どうにかそれだけ返し、電源ボタンを押した。
怒気を逃がすように息を吐くこちらに、すかさず逸見が問いかける。
「どうしました?」
「正面ゲート付近の守衛小屋に人を回せ。綾瀬はそのままコテージに戻す」
「分かりました、各方に伝えます」
再び携帯電話を耳に当てる逸見の横で、穂積もまたメモリーからある番号を呼び出した。
まだ必死に山中を走り回っているであろう存在に、綾瀬が見つかったことを知らせなくては。
生徒会役員でもないあの少年には、今回の一件では随分世話になった。
お礼くらいは言うべきか。
何て考えた男は、いつまで経っても止まらぬコール音に首を傾げた。
走っているから気付かないのかもしれない。
発信履歴からもう一度コンタクトを試みる。
二度目は確かにコール音は聞こえなかった。
それなのに、穂積を強襲したのは不吉な予感。
光へとかけた電話が紡いだ内容は。
『お客様のおかけになった電話番号は、現在電源が切られているか電波の入らない場所に―――』
おかしい。
先ほどかけたときは、誰が電話に応じることもなかったけれど、電源は切られてなどいなかった。
たった僅かの間で、なぜ合成音声を聞くことになったのだろう。
山中と言えど、そこは碌鳴所有。
キャンプ場の電波状況は、決して悪くない。
電波の入らない場所ではないのだ。
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