驚愕に支配された鋭い眸を、しっかりと見据え。

落としたのは、柔らかな口付けだった。

乾いた唇に触れるだけの接触。

流れた甘栗色の髪が、仁志の頬を掠めた。

「仁志くん、もう……大丈夫だから」

穏やかな音色を口にした途端、確認したのは正気の光。

収束して行く激しい怒気と入れ替わるように、常の意思が彼の瞳に蘇る。

組み敷いた体からみるみる力が抜けて。

くしゃりと。

仁志の面が泣きそうに歪んだ。

「お、れ……また……?」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「また、綾瀬、先輩に……俺は」

無意識のうちに後退ろうとする男の姿は、寸前まで圧倒的な力で破壊衝動を漲らせていた人間と、同一人物だとは思えないほど頼りない。

己の犯した二度目の罪に、種類の異なる恐慌に陥りかけている。

溺れるほどの自責の念に支配された仁志に、綾瀬は痛む胸の内を隠して微笑んだ。

「僕は大丈夫だよ、仁志くんが自分を責めることなんかない」

膝をつき合わせ手を伸ばす。

その指先が触れる直前に、拒絶するかのように発せられたのは、仁志の抱えた想いだった。

「俺……もう、綾瀬先輩を傷つけたくなくて……だからっ!……だから、離れようと思ったのに……なんでまた……っ」

頭を殴られたようだった。

衝撃は、凄まじい。

自分はずっと、思い違いをしていたのだ。

対面の存在はとても優しくて、責任感も強い。

だから、仲間に怪我を負わせてしまった事実から、合わせる顔がないと思っているのではないかと。

何て誤解。

彼は気不味さからこちらを避けていたのではない。

罪悪感だけでもない。

自分自身が綾瀬の害なすものであると判断したから、自分を「排除」したのだ。

綾瀬を守るために。

害となる己を、遠ざけた。

足元からじんわりと広がる歓喜の痺れは、微かな寂しさを伴って全身を廻り、綾瀬の体を突き動かした。

宙を舞った、甘栗色の髪。

今度は正面から、自分よりも逞しい男の体を、抱き締めた。

「あ、やせ……先輩?」




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