乱れた着衣に構わず。

拒絶された記憶にさえ構わず。

綾瀬は横合いから仁志の身体に抱きついた。

予想だにしていなかった攻撃に、思わず後輩は寺内から離れたたらを踏む。

「仁志くん、仁志くん、これ以上は駄目だっ!」
「っせぇ……!!引っ込んでろっ!」

自分を制しようとしている相手が、誰なのか認識出来ていない仁志は、以前同様。

綾瀬の体を乱暴に振り払う。

腕力もウエイトもまるで叶わぬ身は、あっさりと床を転がった。

「っ……!」

打ち付けた肩が痛い。

咄嗟に受身を取ったものの、ダメージは明らかだ。

それでも綾瀬は立ち上がると、投げ出され這いつくばった寺内の手の甲を、今にも砕こうと踏み付ける男に縋りつく。

「仁志くんっ、お願いだからっ!もう止めて、傷つくのは彼らだけじゃないっ!」
「どけっ!」

今度はさっきよりも強く腕を払われ、ガタンと後方に倒れる。

すでに満身創痍と言っても過言ではない綾瀬。

晴れ上がった頬に、血の滲む口角。

破かれた制服、埃まみれの長髪に、服の下では肩が叫び声を上げて。

けれど彼が仁志を止めるのをやめることは、決してなかった。

何度邪険にされようと、何度跳ね除けられようと。

ときには床に、ときには壁に、全身を打ちつけながら。

心の奥底から発する声を、上げ続ける。

「仁志くん、仁志くん、仁志くんっ!」
「……ぜぇんだよっ!」

異様な光景だった。

怪我をしながらも意識を保っていた生徒たちは、逃走することさえ忘れ、二人の攻防から目が離せない。

当の昔に気絶した寺内ではなく、最早仁志と綾瀬の戦いと言っても差し支えない有様。

息を潜めるように、縋る者と退ける者のやり取りを、傍観していた。

「お願いだからっ、正気に戻って!もう大丈夫だからっ、僕は平気だからっ!」

奏でられる音は、二人だけの乱闘音と、綾瀬の必死の哀願。

仁志の口からは、すでに荒々しい呼吸音しか洩れていなかった。

怒りのボルテージが急速に下がり、疲労感に支配された隙を、見逃せない。

綾瀬は最後の気力を振り絞り、浮きだった相手の足を払った。

「っ……!」

ドサッと音を立て仰向けに倒れた男の上に素早く跨って、両腕を掴む。




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