「おい、殴んのはなしだろ!イタイ体じゃ萎えるっつーの」
「でもこれで、抵抗する気も失せたろ?おい塚本っ、お前のケータイ結構ムービー撮れたろ?一部始終撮影しちゃいましょー」
「わかったぁ。あはは、アダムスのことさえ気付かなきゃ、こんな目に合うこともなかったのにねぇ」

交わされる内容は、あまりに遠かった。

ともすれば意識が途切れてしまいそうだ。

それだけは何としても阻止しなければならないと、無理に目蓋を持ち上げれば、ぶつかったのは寺内の血走った双眸。

怒りよりも、焦燥よりも、欲望を強く主張する眼。

こんな目に、見られたくなどない。

こんな男に、触れられたくない。

見ていて欲しいのも、見ていたいのも。

触れて欲しいのも、触れていたいのも。

自分が赦した男は、お前じゃない。

お前じゃない。

「に……し、くん」

零した呟きは、砂漠に見る蜃気楼よりも儚かった。

刹那。

凄まじい轟音が室内に響き渡ったことで、己を浸食する魔手の動きがピタリと止まった。

「な、なにっ!?」
「おい、どうしたんだよっ」

慌てふためく面々は、突然の事態にどうしたものかと混乱しだす。

吹き飛ばされたのは、小屋の扉で。

生徒たちの疑問に答えるように、乱入者は姿を見せた。

眩い金髪、しなやかな長身。

殺気の込められた怜悧な眼光が、床に転がる綾瀬を見た瞬間、色を変えた。

「死ぬ覚悟、出来てんだろうなっ……」

溢れんばかりの怒気、否。

殺気を押し殺した声は、世界の空気を急激に冷却させた。

びりびりと大気さえも振るわせる迫力に、塚本の手から携帯電話が滑り落ちる。

「あ、あ、仁志さ……っぐぁ!」

見るからに力のない小柄な少年は、最後まで相手の名を紡ぐ前に、勢いよく吹き飛んだ。

加減を知らぬ威力で顔面を殴りつけられた仲間に、他の生徒たちは自らに迫った危険を察知する。

今すぐにでも逃げ出したいものの、唯一外界へと繋がる扉は、非情な眼を持った生徒会役員の後ろにしかない。

綾瀬に群がっていた生徒たちは、あの狂気じみた執着をみせた寺内さえ獲物から離れ、じりじりと距離を詰める仁志から、少しずつ後退した。

床で倒れたまま事態を呆然と見やる一人以外、次の仁志の動きが見えた者はいないだろう。




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