君のせい。
SIDE:綾瀬
「だ―――これの―――じゃないか」
「――くて、見間違え―――」
脳がぐらりと揺れるような不快感が、彼を襲う。
耳に入る誰かの話し声に意識を覚醒へと向かわせられたが、寝起きは最悪だ。
それでもすぐに何が起こったのかを理解したのは、日々膨大な量の仕事と格闘して来たお陰だろうか。
情報処理能力が、知らぬところで鍛えられていたらしい。
綾瀬は顔を顰めつつ身を起こした。
寝かされていた場所は床の上だが、拘束はされておらず首を傾げる。
拍子に、自身の長い髪が肩に零れ落ちた。
「なんで僕が、拉致されたんだろう」
小声で呟きながら無人の室内を見回せば、細く開かれたままの扉から、今度はしっかりと会話が流れ聞こえた。
「あれのどこが長谷川なんだよっ!副会長を拉致なんて、バレたらどうするつもりっ!」
「悪かったって言ってんだろ!背格好似てて制服着てりゃ間違えるっつーの。大体、長谷川が広場にいるって連絡して来たのはそっちだろっ!」
「うるさいっ。あーっもう、逃げたって探し出されちゃうだろうし、どうしたら……」
「へぇ、そういうことだったんだ」
キィっと扉を開けて姿を見せた話題の人物に、数人の生徒たちは一様に目を剥いてこちらを振り返った。
なるほど、どうやら自分は光と勘違いをされて、こんなところまで連れて来られたらしい、と。
綾瀬は現状理解を済ませた。
悠然と腕を組み、壁に凭れかかりながら部屋の面々をぐるりと見回す。
その様は彼が生粋の支配者階級に属する人物であることを、生徒たちに知らしめた。
「で。長谷川くんをここまで連れて来て、どうするつもりだったの?」
完璧に綾瀬の気迫に呑まれた相手方は、顔を青褪めさせて忙しく視線を彷徨わせるばかり。
誰も何も発しない、居心地の悪い沈黙が落ちる。
クスリと笑みを零したのは、勿論ただ一人だ。
「黙秘権があると思わないでよ。君たちは誰?会長方の子じゃ、ないよね」
「ぼ、僕たちは……逸見様の親衛隊、です」
「逸見くんの?」
予想外の台詞に僅かに眉が寄った。
補佐委員会と呼ばれるファン組織が構成されるのは、基本的に生徒会役員のみ。
だが、それ以外でも特に人気の生徒には「親衛隊」と呼ばれるファン集団が作られることがある。
委員会と異なり学院における公式の権限はないものの、集団心理から発生した強気な行動内容から、一般生徒よりも幅を利かせているのは確かだ。
逸見にはその端整な容姿と秀でた資質、家柄と元生徒会会計・現補佐委員会委員長と言う経歴から、当然のように親衛隊が存在していた。
けれど、彼らが光を拉致しようとする理由が分からない。
光と逸見が格段何か関係を持っているような話など聞いたこともないし、転校生の何が逸見の親衛隊の怒りを買ったのか、まるで見当もつかなかった。
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