◇
ここで穂積に話すのは、自分の戦いだと語る歌音の気持ちを踏みにじることになるだろう。
彼との約束を、違える気はなかった。
光はくるりと生徒会長に背中を向けた。
「俺が全校生徒に嫌われていること、会長だって知ってるだろ。そんなことより、今は綾瀬先輩探す方が先」
「長谷川っ」
「もういいだろ、俺はこっち探すから会長は……」
「気をつけろ」
一歩を踏み出そうとした少年の足が、ピタリと止まる。
慌てて後方を見やれば、やけに真剣な表情の穂積とぶつかった。
「注意を怠るな、もし綾瀬を見つけても一人で無茶はするな。絶対に俺に連絡しろ」
「そんな余裕あるか分からないし、約束出来ない」
「駄目だ」
真っ直ぐな相手の眼光に怯みつつ返すも、にべもなく跳ね除けられた。
妥協を許さぬ声の硬さに、喉が干上がった。
「いいか、絶対に連絡しろ。一人突っ走ることは、認めない」
あまりに不遜な物言いは、彼の特性がよく現れている。
だが、脅しているとも受け取れる穂積が、こちらを心配して言っているのは確かだ。
「わ、かった……」
「三十分探して見つからなければ、広場で落ち合う。いいな」
強く言い含められれば、頷くしかない。
光はぱっと身を翻すと、すぐさま森の中へと分け入って行った。
背後で地面を蹴りつける音が聞こえるも、それもすぐに遠くなる。
現実問題、綾瀬を見つけられたとて、誰かに連絡出来る状況にあるかどうか分からない。
一秒を惜しむような場面だって十分あり得るのだ。
しかし、光は袂の内側で跳ねる携帯電話を邪魔に思いながらも、放り出すことはしなかった。
「綾瀬先輩っ、綾瀬せんぱーい!」
夜目が利く瞳をフル稼働させながら、外灯もない黒い森の中をひたすらに走った。
もし自分が誰かを拉致したのならば、人が来そうな遊歩道は避ける。
手頃に閉じ込めておけそうな場所を用意して、木々をカモフラージュに獲物を移動させるだろう。
目的が制裁ならば、尚更だ。
誰かに見られても聞かれてもならないとなると、広場からは余裕を持って離れていなければならない。
光は浴衣の裾が肌蹴るのも気にせず、跳ねるように駆けながら、思考を廻らせた。
意識的に冷静であろうと務めるのは、ともすれば焦燥に支配されそうだから。
もしあの時、綾瀬に衣装の交換を申し出なければ、彼に余計な被害を与えることはなかったのだから当然だ。
綾瀬の華奢な身体では、ろくな抵抗も出来なかったかもしれない。
外見に反して剛毅な性格のようだから、怯えることはないだろうけれど、大勢に囲まれ見当違いな怒りをぶつけられるのはしんどいはず。
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