ここで穂積に話すのは、自分の戦いだと語る歌音の気持ちを踏みにじることになるだろう。

彼との約束を、違える気はなかった。

光はくるりと生徒会長に背中を向けた。

「俺が全校生徒に嫌われていること、会長だって知ってるだろ。そんなことより、今は綾瀬先輩探す方が先」
「長谷川っ」
「もういいだろ、俺はこっち探すから会長は……」
「気をつけろ」

一歩を踏み出そうとした少年の足が、ピタリと止まる。

慌てて後方を見やれば、やけに真剣な表情の穂積とぶつかった。

「注意を怠るな、もし綾瀬を見つけても一人で無茶はするな。絶対に俺に連絡しろ」
「そんな余裕あるか分からないし、約束出来ない」
「駄目だ」

真っ直ぐな相手の眼光に怯みつつ返すも、にべもなく跳ね除けられた。

妥協を許さぬ声の硬さに、喉が干上がった。

「いいか、絶対に連絡しろ。一人突っ走ることは、認めない」

あまりに不遜な物言いは、彼の特性がよく現れている。

だが、脅しているとも受け取れる穂積が、こちらを心配して言っているのは確かだ。

「わ、かった……」
「三十分探して見つからなければ、広場で落ち合う。いいな」

強く言い含められれば、頷くしかない。

光はぱっと身を翻すと、すぐさま森の中へと分け入って行った。

背後で地面を蹴りつける音が聞こえるも、それもすぐに遠くなる。

現実問題、綾瀬を見つけられたとて、誰かに連絡出来る状況にあるかどうか分からない。

一秒を惜しむような場面だって十分あり得るのだ。

しかし、光は袂の内側で跳ねる携帯電話を邪魔に思いながらも、放り出すことはしなかった。

「綾瀬先輩っ、綾瀬せんぱーい!」

夜目が利く瞳をフル稼働させながら、外灯もない黒い森の中をひたすらに走った。

もし自分が誰かを拉致したのならば、人が来そうな遊歩道は避ける。

手頃に閉じ込めておけそうな場所を用意して、木々をカモフラージュに獲物を移動させるだろう。

目的が制裁ならば、尚更だ。

誰かに見られても聞かれてもならないとなると、広場からは余裕を持って離れていなければならない。

光は浴衣の裾が肌蹴るのも気にせず、跳ねるように駆けながら、思考を廻らせた。

意識的に冷静であろうと務めるのは、ともすれば焦燥に支配されそうだから。

もしあの時、綾瀬に衣装の交換を申し出なければ、彼に余計な被害を与えることはなかったのだから当然だ。

綾瀬の華奢な身体では、ろくな抵抗も出来なかったかもしれない。

外見に反して剛毅な性格のようだから、怯えることはないだろうけれど、大勢に囲まれ見当違いな怒りをぶつけられるのはしんどいはず。




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