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彼の言動の端々から感じられるそれらの思いが、役員を「身内」と称する所以なのだ。
ふと身体の内側を駆け抜けて行ったのは、やけに冷ややかな一陣の風だった。
急に心臓が締め付けられる感覚を覚え、自分自身に焦る。
やはり薄着過ぎたのだろうか。
しかし、体感的なものとは不思議と異なる。
居心地の悪さに支配される前に、光は気を紛らわすように口を開いた。
「……俺は、面倒だなんて思っていません。綾瀬先輩たちが仲直り出来れば、俺も嬉しいですから」
「優等生発言だな」
「あれ?知らなかったんですか。俺、すっごい優等生ですけど」
「あぁ、そうだったな。見て分かる」
暗に外見のことを指摘されて、若干眉根を寄せた。
強く言い返せないのが痛いところだ。
己のビジュアルの悪さなど、自分自身よく知っている。
穂積の軽口は聞かなかったことにした。
「でも、それだけが理由じゃありません」
「なんだ」
「……分かると思ったんだ」
「何を?」
光は穂積に向き直ると、雲間から覗いた月光を受け煌く黒曜石を、真っ直ぐに見据えた。
「綾瀬先輩、言ったんだ。仁志は友達じゃないって。あんなに仁志のことで悩んでいるのに、どうしてそんなこと言うのか、よく分からない。だから、知りたいんです」
二人の関係が「正常」になれば、綾瀬の言った意味が分かる気がする。
歌音は「恋」と言ったその想いが、果たして真実なのか。
ならば「恋」とは何なのか。
「知っている」けど「知らない」感情を、光はただ知りたかっただけ。
「会長は分かる?綾瀬先輩の言葉の意味……。『誰かを思うと、脈打つ鼓動が早くなったり、どうしようもないほど幸せなのに、少し悲しくて、切ない気分になったり』……そんな思い」
ひどく抽象的で、曖昧で。
けれどやけに耳に残るフレーズ。
対面の男が、盛大に顔を歪めた瞬間、光は目を丸くした。
「……お前、それは俺に告白しているのか?」
「え?」
「いや、いい……なんでもないから気にするな」
小さく呟かれた内容が、少年の鼓膜を揺らすことはない。
何故こんなにも、穂積が疲れているのか判然としないこちらに向かって、彼は今度は呆れたように言いやった。
「恋だろ、そんなもの」
「は、え、なに会長も分かるわけ?」
「ならお前は分からないのか?」
訝しげに問われれば、自分の無知を晒すことが恥ずかしくなる。
光は気まずそうに頷いた。
やっぱり常識的な感情だったのか。
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