潜む悪意。




SIDE:霜月

「うそ……」

思わず零した呟きが、視界に映る二人の人間の耳に入ることはない。

予想外の事態に困惑するこちらに気付くことなく、彼らは何事かについて談笑しているようだった。

急に歩を早めた穂積を追い、ようやくデッキに到着した哉琉が目にした光景は、彼の計画が破綻したことを主張していた。

長谷川 光。

なぜ、あの転校生がここにいるのだ。

予定では綾瀬が着るはずの幽霊の衣装を身に纏い、さも当然の顔で穂積の横にいる少年。

理解するのに長い時間はかからなかった。

入れ替わり。

何がどうしてそうなったのか、心当たりなど一つもないけれど、長谷川は綾瀬とおどかし役を交換したに違いない。

不味い。

これでは計画が成り立たない。

肝試しに参加するのは、長谷川ではなく副会長だとすれば、当初から予定していたプログラムの意味がなくなってしまう。

動揺で硬直する少年の前で、彼らは待機場所に移動し始めた。

肝試しの進行は補佐委員が行う手はずになっているので、長谷川たちの行動に何ら問題はない。

しかし、哉琉個人にとって。

いや、会長方にとっては、重大な問題行動だった。

周囲にはまばらながら生徒が集まり始めていて、いつまでもここでもたつくわけにもいかない。

本当ならば穂積の傍に駆け寄って、彼と共に待機場所に行きたいところであったが、哉琉はぐっと我慢すると広場を離れ、林の中へと足を進めた。

闇に浸った樹木の海は、彼の華奢な体を黒に溶かす。

誰の目も届かないどころか、外灯の明かりさえおぼろげな地点まで来て、ようやく進行を止めた。

おどかし役の生徒が指定されているジャージのポケットから、携帯電話を耳に当てた。

が、履歴からかけた電話は、電源が落とされているらしく繋がらない。

聞こえて来る機械音声は、相手がすでに動き出したことを教えてくれる。

万事休す。

しかし、少年の面にはそれほど大きな落胆はなかった。

小さく落とした舌打ち一つで、当初の計画を切り捨てる。

「まぁ、実行犯は僕らじゃないし。綾瀬副会長には悪いけど、逸見のファンにはいい陽動組になってもらおうかな」

まったく、面倒なことになった。

これでは自分たちで動く必要があるではないか。

それもこれも、長谷川が下手に動くから悪いのだ。

直接手を下すのは本意ではないが、緊急事態では仕方あるまい。

「あんまり手間をかけさせないでよね……ゴミ虫」

明かりの灯った遠くの広場には、もう多くの生徒が集合しているようで、時折吹く風に乗って喧騒が耳朶を掠めた。

哉琉はぼやく内容とは裏腹にそっと口角を持ち上げると、暗がりを選ぶように自分の指定位置へと向かいながら、もう一度携帯電話のボタンを押した。

今度はきちんと繋がる電話。

手ずから潰すのも、たまにはいいかもしれない。

「僕だよ。そう、ちょっと面倒なことになってね。何人か集めてくれる?」

先に待つ未来を思い、鼓動が歓喜の声を上げた。




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