◇
硬直していた自身に心の中だけで苦笑してから、彼の元まで行く。
「先輩、おどかし役だったんですね」
「え?うん、そうだけど」
何か変かな?と首を傾げられたが、本音を言えるわけがない。
子供じゃあるまいし、何を驚いてしまったのかと己にがっかりだ。
光は曖昧に笑いつつ、話題を変えようと口を開いた。
「他の人はまだ来てないんですね」
「集合時間まではまだ間があるから。……長谷川くんは、一人?」
「少し散歩しようと思って、仁志は置いて来たんです」
「そっか……」
微妙な笑みを見せた男は、衣装のせいかひどく儚く感じられた。
透明に淡く、消えてしまいそうな美しさ。
僅かに伏せられた瞳、影を作った長い睫毛。
彼が今、誰を思っているのか。
もう分かっている。
幽玄とも言える繊細な綾瀬の表情に、光の胸が小さく動いた。
「綾瀬先輩、仁志とはまだ……?」
「うん。中々タイミングが合わなくて」
どうして仁志は綾瀬を避けるのだろう。
歌音は言った。
綾瀬は仁志に恋をしているのだと。
それが一体どんな感情なのか、明確には分からないけれど。
サバイバルゲームで仁志が見せた、何かを秘めた微笑こそが、その感情なのかもしれない。
だとすればば何が、仁志を変えてしまったのか。
互いが互いを特別に想っているのならば、彼らの今の状況はひどく不思議なものだ。
歪なものだ。
特別な相手に、こんな顔をさせてしまうのは、どう考えてもおかしい。
間違っている。
光には「恋」が分からない。
「恋」を知らない。
それでも、今の二人の「異常」は理解していた。
「先輩」
「どうしたの?」
「正直、よくわかんないんですけど……友達じゃなくても、取り合えず面と向かって話してみればいいと思うんです」
「え?」
いきなり何を言い出すんだと困惑する綾瀬に、少年はにっこり笑ってみせた。
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