闇夜の麗人。
「仁志ー、俺先に行くな」
「はっ!?お前、一人で出歩くなって……」
「女の子じゃあるまいし、何かあったら携帯鳴らすから心配しなくていいって。行って来まーす」
荷物の整理をしていた男の言葉を、わざと遮りコテージを出てきた光は、山中の夜をウッドデッキの広場に向かって歩き出した。
仁志に言われて確認した予定表によれば、これから本日最後のイベントがあるらしい。
日中の隠れんぼに慣れぬ自炊と、いくら碌鳴がイベント好きと言えど、流石に他の生徒たちはへとへとなのではないだろうか。
料理に親しんでいる光とて、屋外レクリエーションが効いているらしく、少し疲れていた。
初日最後のイベントは、サマーキャンプ最大の目玉。
肝試し。
キャンプ場から続く遊歩道をぐるり一周するコースが設定されており、コテージのペアと二人一組で挑戦する。
そのペアとなる仁志を置いて、さっさとスタート場所に向かっているのは、インサニティを警戒してのことだった。
現在のところ、売人の最有力候補は仁志だが、彼以外を疑っていないわけでは当然ない。
どの生徒でも満遍なく可能性はあり、毎月催されるイベントは取引のいい機会だ。
加えて、先月の事件で仕入れたネタがある。
会長方。
恐らくは穂積に目をつけられた制裁として、自分を体育倉庫に閉じ込めた補佐委員会の一翼は、あの時確かに三人の生徒にドラッグを飲ませていた。
茹だるような閉鎖空間で嗅いだ独特の甘い臭気は、間違いなくインサニティのもの。
つまり会長方の生徒の誰かが、インサニティを入手する経路を持っていることになる。
暴挙に出るほど穂積に心酔している輩となれば、生徒会によるファンサービスのような今回のイベントに、参加していないとは思えなかった。
光がキャンプに出ることを決めたのは、何も仁志のためだけではないのだ。
穂積の情報管理により、会長方にどのような面子がいるのか、誰が怪しいのか。
詳細は一切分かってはいない。
闇に紛れて売買が行われる危険は高く、早めに集合場所に赴き、周辺を見回るつもりでいた。
だが、広場についた光は、そこに立つ人影に思わず足を止めた。
思わず目を剥き、足を竦ませる。
長い髪を背中に垂らした、白い浴衣姿の女性が、ライトの下にいたのである。
華奢な体は向こう側が今にも透けて見えそうで、宵闇に浮かぶ白光の中で青がかって見えた。
これは、まさか。
まさか所謂。
幽れ――――
「あ、長谷川くん!」
「え……あ、綾瀬先輩っ!?」
凍えた心臓が弾けるかと思ったとき。
振り返るや笑顔で手を振って来たのは、先ほどまで共に食卓を囲んでいた相手だった。
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