野外の晩餐。
ぎこちない夕食が始まったのは、それから間もなくのことだった。
表面上はなごやかなのだが、一番遠い席に座った二人がほとんど口を開かないとなれば、必然的に雰囲気は硬くなる。
テーブルで話をしているのは、気遣いらしい歌音と穂積、逸見は相槌を時々挟んでいた。
再びエプロンを締めた光は、初めて目の当たりにした仁志と綾瀬の現状に、どうしたものかと思う。
皿によそったバターライスの上に、カレールーをかけながらも、眼鏡の中の瞳はテラスの柵に肘をついて顔を外に向けている金髪頭を捕らえている。
「長谷川くん、手伝おうか?」
「あ、すいません。じゃあこれ運んでもらえますか」
「分かった。うわぁ、美味しそう」
ちょこちょことやって来た歌音は、渡した二つの皿を見て声を上げた。
純粋に褒めてもらったのは随分と懐かしいことで、光は自然と頬を持ち上げた。
「長谷川くんって、本当に料理上手なんだね」
「ありがとうございます」
大きなトレイに残りの皿四つを乗せて、テーブルに戻って行く相手を追った。
「はい、お待たせしました。昼が肉系だったんで、野菜メインです」
「えー!すごい美味しそうっ」
本日は夏野菜カレー。
たっぷりの夏野菜を入れたカレーに、コーンと枝豆を混ぜ込んだバターライス。
高校生男子には不評かと思いきや、食卓の雰囲気は明るくて驚く。
真っ先に歓声を上げたのは、それまで沈んだ様子で沈黙していた綾瀬で、一変した表情をこちらに向けてくれた。
「先輩たちがいつも寮で食べているものには、遠く及ばないんですけど……」
「なにを言ってる。人は見かけによらないな」
まじまじと言って来たのは逸見だ。
心底驚いている姿に、微妙な言い回しを怒るべきか否か判断に迷っていれば、光も席に着くように促された。
空いていた穂積の隣に腰掛ける。
戸惑いは一瞬だけ。
昼間生じた不明瞭な緊張が出ることはなく、胸中だけで安堵の息だ。
挨拶は光の正面に座る副会長が担当した。
「生徒会一同、夕飯を作ってくれた長谷川くんに感謝の意を忘れずに!いただきます」
いただきます、と続けるのはイメージ的に歌音と自分だけかと思いきや、左隣からも小さくも聞こえたことに、ぎょっと穂積を見やった。
相手は他の役員同様にスプーンを持ち、見事な所作でカレーを口に運ぶところだった。
食堂に行くといつも思うことなのだが、学院の生徒たちは食事の仕方まで上品なのだ。
テーブルマナーが完璧に身についている姿は、単純に感心する。
碌鳴生のトップに君臨する男も、例に洩れずひどく美しい動きを見せた。
他人の食事風景に目を奪われるだなんて、滑稽以外の何ものでもないのだが、光は穂積に視線を注いだままであった。
「……美味い」
「え?」
ポツリと鼓膜を振るわせた言葉。
誰が零した声なのか、考える必要もない。
よもや自分の隣に座る男から、その一言が聞けるとは思わなくて、平生優秀な頭脳も回転を止めた。
「うん!とっても美味しい。逸見くんじゃないけど、本当に人はみかけによらないなぁ……」
「カレーってこんなに美味しかったんだね」
こちらを絶賛してくれる綾瀬と歌音の感想は本当に有難いのに、今の光にはどこか遠くの世界で言われているようだ。
頭の中では、零されたたった一言だけがエンドレスで繰り返されている。
耳の奥に張り付いて、中々消えてはくれない。
呆然とした面持ちでいる少年の前で、穂積はそれ以降カレーについて何を言うこともなかったけれど。
あれは聞き間違いではなかったはずだ。
デザートのカットした西瓜を冷蔵庫から出す頃、テラスに戻って来た光の視界に映ったのは、綺麗に完食された生徒会長様のカレー皿だったから。
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