◇
「じゃあ、どうして仁志が書記になったんだ?」
「辞退したからだよ、あの人が」
言うと、仁志は明かりの届かぬ夜の暗がりへと、視線を流した。
テーブルに備えたランタンの橙色が、僅かに揺れた。
「今の生徒会メンバーって、俺を除くと先輩たちが二年のときから変わってねぇんだ。会長はバ会長だし、会計は歌音先輩だし、副会長も…な。去年の書記は、逸見先輩がやってた。俺は何の役職も持たない、顔と家柄と成績がいいだけの一般生徒だった」
「……俺、突っ込んだ方がいい?」
一年前の碌鳴事情は、三ヶ月前に転校して来たばかりの光にとって、とても興味深いものだった。
穂積が二年から生徒会長に着任していたのも驚きだが、逸見が書記で仁志が一般生徒であった真実は更に驚愕ものである。
そこでふと、疑問が湧いた。
今、目の前の男は言ったはずだ。
逸見は今年、書記の任を辞退したと。
昨年はしっかりと役目をこなしていたと言うのに、何がどうして自ら退いたのだろう。
他の役員は継続されたと聞く限り、逸見の行動はとても異端であったのではないか。
疑問が顔に出ていたのか、はたまた偶然。
仁志が話しの続きを語りだす。
「うちの生徒会は、会長以外の役員全員が会長による任命制だ。会長から指名されたら、よっぽどの理由がない限り逃げることは出来ない」
「ならどうして……」
「逸見先輩が会長に言ったんだよ。自分には――」
――私には書記は務まりません。
この一年、生徒会の椅子に座って実感しました。
適任者が他にいます。
私ではなく、彼を書記に任命して下さい。
「嘘……想像出来ない」
自分の知るあの男が、そんな殊勝なことを言うとは思えない。
理知に輝く双眸を、レンズの奥に宿した知能犯が、自ら己の力量不足を主張するとは信じられなかった。
「逸見先輩は、役員の責任を重いと感じたってことか?」
今ひとつ納得出来ない心境で訊ねると、相手は暫時きょとんと真顔になって。
それから腹を抱えて笑い出した。
「ははははははっ!あ、あの人がっ!?ないないないないっ!そんな慎ましいキャラじゃねぇだろっ!はっ、マジで笑えるっ……」
「だ、だったら何で辞退したんだよっ。おい、仁志っ!」
「はーひー、駄目だ……ツボったっ!謙虚な逸見先輩とかっ……き、気色わりぃっ!!」
久々の打てば響きすぎる反応に、焦ってしまう。
見当違いなことを言っている自覚はあったから、少しばかり恥ずかしくもあった。
「発作並のオーバーリアクションに言われたくない」
「んだとっ!誰が発作……って、げ」
「げ?随分といい挨拶だな、仁志。正直過ぎる反応は馬鹿と紙一重だと、知っているか?」
「逸見……」
ん?どうなんだ?と嫌な笑いを浮かべた補佐委員会委員長は、上から圧し掛かるように後輩に顔を近づけた。
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