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SIDE:歌音
先に戻ります、と小さな声で呟いた後輩を見送ってた生徒会会計は、金髪頭がコテージの影に消えたところで、軽く息を吐き出した。
大切にしたいと願う相手を、傷つけてしまった衝撃は大きく、仁志の中で根深い痕が残っているのだろう。
完全に塞がることもなく、じくじくと痛み続け、ふとした瞬間に更に綾瀬を傷つけることで、再び血を流す。
今の仁志の状態は、綾瀬もそして彼自身をも苦しめるだけだと、理解しているのだろうか。
「護ってほしいわけじゃ、ないんだよ……」
ぽつりと零した本音。
それは誰に対しての言葉であろう。
歌音はコツコツとデッキを踏む足音に、背後を振り返った。
「歌音」
予想通りの人物を認め、少年は外見に見合わぬ微笑を、夕日を背にして浮かべた。
目の上に手でひさしを作った男には、きっとこちらの表情は分からない。
すぐ間近までやって来たところで、歌音はようやくその受け入れがたい苦痛を甘受するかのような面を消した。
「お疲れ様、逸見。様子はどう?」
「霜月たちに今のところ動きはない。会長方も落ち着いているみたいだし、一先ずは平気だろう」
逸見には、主に会長方の生徒たちが宿泊するコテージの見回りを、割り振ってあった。
生徒会役員が直接赴けば、余計な威圧になる上に、補佐委員会相手ならば逸見が一番効果がある。
彼の報告に、頷きを返した。
「よかった。この前のことがあったから、そうすぐには問題を起こさないとは思ったけど、やっぱり心配だものね」
「あぁ。一応、会計方に見張らせてはいるから、何かあれば連絡が入るはずだ」
サマーキャンプは、光が学院に来てから最初の外泊イベントに当る。
学院の中ならば無数の監視カメラによって、ある程度生徒たちの動きを把握することは出来るが、流石に一泊だけするキャンプ場に設置はしていない。
セキュリティのための、必要最低数のみが各所にあるだけで、学院内の膨大なカメラ数には遠く及ばないのが実情だ。
この絶好の機会を、みすみす逃す会長方ではないはずと、歌音は危惧していたのであった。
逸見は広場の様子を一瞥すると、少し険しい顔つきで歌音を見下ろした。
「……仁志は、どうだ」
「まだ駄目みたい。事件の翌日みたいに、僕や穂積くんまで避けることはなくなったけど、綾瀬くんと向き合うにはもう少しかかりそう」
「そうか。あいつももう少し、器用になれればいいんだけどな」
呆れたように言いつつも、フレームレスの眼鏡の向こうにある瞳は優しい。
立場上、逸見の地位は仁志よりも下だが、彼が年下の書記を弟のように思っているのは知っている。
仁志もまた、逸見には生徒会役員に向ける感情とは種類の異なる、純粋な尊敬の念を傾けている。
「あいつが器用になったら、それはそれで気持ち悪いか」
「逸見……」
「時期が今でなければ、仁志が青臭く葛藤しているのを観察していてもいいんだが」
友人ながら、性格の悪い発言に苦笑する。
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