◇
遠ざかる背中に、言葉にならぬ罪悪感が胸を覆って行く。
「俺……」
続く台詞を、仁志は持っていなかった。
今更何を言おうか。
間違いなく、自分は綾瀬を傷つけた。
勝手に抱えた後ろめたさで彼から逃げて、勝手な気詰まりの思いから壁を作り、勝手な怯えから傷つけた。
何様のつもりだ。
加害者が更に被害者を傷つけるなど、赦されるはずがない。
分かっているのに。
頭ではこんなにも分かっているのに。
大切にしたい。
誰にも傷をつけさせず、自分の手で護りたい。
綾瀬に害なすすべてのものから、彼を護りたい。
七夕祭りで口にした誓いには、一片の偽りもなかった。
なのに。
どうして彼を傷つけるのは、いつも自分なのだろう。
「アッキー」
悲壮とも呼べる翳りを見せた仁志に、残った先輩から声がかかる。
綾瀬が消えた方向から、半ば無理やり視線を剥がせば、大きな瞳が待ち構えていた。
「この大変な時期に、内部の結束が揺らいでしまうのは問題だよ、アッキー。逃げたらダメ」
その眼は語る内容とは異なり、決してこちらを責めてはいなかった。
教え諭すように、柔らかく包み込むように。
すべてを見通すかの如く、澄んだ色合いは驚くほどに深い。
仁志の抱く焦燥、絶望、苛立ち、困惑。
そして一番大切な感情までも、彼は見抜いているのだろう。
たった一つの年の差が、果てしなく大きな違いなのだと実感させられるのは、こんなとき。
これ以上、綾瀬を傷つけたくない。
歌音や穂積に迷惑をかけたくない。
心に生じる思いはどれも真実なのに。
今の仁志は、自分の取るべき道が見えていても、進むための方法を知らなかった。
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