隔たり。
SIDE:仁志
担当エリアの見回りを終え、集合場所となっているキャンプ場中央のウッドデッキの広場に戻ると、すでに二人の役員の姿があった。
動く際に邪魔なのか、甘栗色の髪を首の後ろで結わいた人物を目に留めて、彼らに近付こうとした足の動きが鈍くなる。
それでも報告の義務はあったし、これからその避けたい相手を含めた生徒会メンバーと夕餉を共にすることを考えれば、逃げ出すわけにもいかなかった。
「アッキー、そっちはどうだった?」
「問題ありません。歌音先輩……たちも見回り終わったんですね」
「うん。ここに来る途中に綾瀬くんと会ってね、一緒に戻って来たんだ。ね?」
ふわふわと揺れるオレンジの髪の先輩は、傍らの生徒会副会長に同意を求めた。
二人のやり取りを、どこか緊張した面持ちで眺めているだけであった綾瀬は、ぎこちなく微笑む。
それを視界の端に入れて、仁志は密かに眉を寄せた。
「う、ん。そうなんだ……。たぶんそろそろ穂積も戻って来るはずだから、みんなで仁志くんたちのコテージにお邪魔しよう」
「日も大分暮れて来たもんね。何番のコテージだっけ?」
「七番です」
極力綾瀬の方を見ないようにと、意識的に顔を俯かせる。
茜色の光が足元のデッキに三人分の影を伸ばしていた。
「夕飯って長谷川くんが作ってるんだよね?アッキーは、食べたことある?」
「いや、ないですけど……。でも、アイツは料理上手いっぽいですよ」
「そうなの?すごいなぁ。そういえば、綾瀬くんも料理出来るんだっけ」
歌音の気遣いが、痛いと思うのはきっと間違っている。
仁志と綾瀬の間に流れる微妙な空気。
いや、違う。
仁志の側が作り出した透明な壁に、困惑する綾瀬。
歌音は気付いているのだ。
張り詰めた奇妙な空間は、些細なきっかけで決壊してしまうほど危ういもので、繊細な均衡は仲介者によって保たれている。
当事者同士が直接言葉を交わすことはなくとも、歌音が自ら間に立つことで会話の体裁を整えているのはあまりに明白だった。
「僕は家で習わされるんだ。でも、あんまり台所に立つことはないかなぁ。……仁志くんって、料理したりするの?」
「やるように見えます?」
ハッとした。
今、自分は何と言った。
何て声で、何て態度を綾瀬に取った?
気不味い思いを感じているのは自分だけであって、綾瀬には一つの非だってないと言うのに。
意図的に避けていた目線を相手に向けたとき、仁志は自分の言動を心から後悔した。
「あ……そっか。変なこと聞いちゃったかな」
「綾瀬くんっ」
「穂積遅いねぇ〜、どこまで見回ってるんだろ。僕ちょっと見てくるよ!」
言うや、綾瀬は歌音に静止の声をかけさせる暇も与えず、長い髪を靡かせて小走りで駆けて行ってしまった。
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