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「それなら長谷川たちのコテージが担当している。仁志がこいつと組んでいる都合で、生徒会役員全員分をここで作らせた」
「え?」
「は?」
驚いたのは光も一緒だ。
「何ですか、それ。俺聞いてないですよ」
「仁志から言われてないか?」
「ぜんぜん……どうりで材料が多いと思った」
ペアの男から言われていたのは、用意されている食材は全部使え、ということだけだったが、確かに今鍋の中にあるカレーは二人分ではない。
絶対に余るのに、どうするのかと思っていたが、なるほどそういう手筈だったのか。
ちゃっかりしていると、呆れ半分で見やった。
「そう……ですか。残念だけど、しょうがないですよねっ」
少年は軽く唇を引き結んだあと、堪えるように笑顔になった。
健気とも言える仕草が、やけに完璧に見えたのはなぜだろう。
簡単だ。
自分が嘘偽りにまみれている人間ほど、他人の嘘にも敏感になりやすい。
白けた目をしたのは、穂積も同じだった。
唯一異なるのは、会長の口元にはあの紳士的な微笑が浮かんでいる点である。
胸中の不快感を押し込めているのが空気を通して伝わり、心底気の毒になるも、変わってやることは出来ない。したくない。
穂積の胸中など露ほども知らぬらしい少年は、そこでようやく光の方を見た。
「あの、君が長谷川 光くんだよね」
「はい、そうですけど……」
「こういうのは、上級生からしちゃ駄目って分かってるんだけど、僕は霜月 哉琉。補佐委員会の副会長をしてるんだ」
「あ、すいません」
暗にこちらから挨拶をしなかった非を責められて、光は慌てて頭を下げた。
霜月は困ったように眉尻を下げる。
「謝らないで。全然気にしてないから!」
「はぁ……」
そうは言われても、嫌味の後ではストレートに受け取りにくい。
どう反応を返したものかと戸惑っているこちらを放って、霜月は再び穂積の照準を合わせた。
「でも穂積様?まだ見回りを終えていらっしゃらないんでしょう。僕たちのコテージを見回るついでに、少しお話しませんか」
「……何番のコテージだ」
微笑を浮かべつつも地を這う低音に、関係のない光が鳥肌を立てる。
怒ってる。
めちゃめちゃ怒ってる。
この極寒の空気にめげないとは、霜月の第六感は機能不全と言っても過言ではない。
「いらして下さるんですか!?僕のコテージは、二十八番です」
つれない穂積がようやく折れたと思ったのだろう。
少年はぱぁっと嬉しそうに笑った。
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