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「か、会長?落ち着きましょう、話せば分かります……って言うか、なにキレてんですか!」
すっと伸ばされた手が肩に触れる前に、間近に迫った穂積に向かって叫んだ。
下手に怒りを煽るだけだと自重していたが、何せ彼の怒りの原因を光は知らない。
不当な感情をぶつけられて、我慢出来るほど優しい性質ではなかった。
中空でピタリと停止した手。
そろりと対面の存在を窺った少年の目に映ったのは、まるで自分の行動が信じられないとでも言うような、愕然とした穂積の顔だった。
「かい……」
「ほ・づ・み・様ぁ〜!」
本当にどうしてしまったんだと心配になった光の声は、聞き慣れぬ声によってかき消された。
直後、至近距離にあった穂積の体が、グンッと後方へ下がる。
突然のことに驚いたのは光だけでなく、穂積もまた一瞬前の表情に代わり、ぎょっとした表情をその端整な面に載せていた。
どうやら誰かに腕を引かれたらしい。
それも凄い力で。
生徒会長は腕を振り払うと同時に、相手と対峙した。
「霜月……」
「穂積様ったら、こんなところで何をなさってるんですか?僕たちのコテージに来て下さる途中だったのに、いつの間にかお姿が見えなくなってて……僕、すごい探したんですよ?」
生徒会メンバーが人気だと言うことは、よく知っていた。
彼らのファンから嫌がらせを受けるのは日常だし、全校生徒から目の敵にされていることを考えれば、生徒会の威力は容易に分かる。
会長方や書記方からは、イベント中に襲われもした。
だが、こうして信者の人間が敬愛対象と接触している現場に遭遇したのは、初めてだった。
穂積の背後からひょいっと顔を出したのは、好奇心と自己防衛。
生徒会長のファンならば、いつ自分に危害を加えて来るか分からないので、敵の顔くらいは知っておきたい。
もしかすれば、すでに危害を加えた人間かもしれなかった。
穂積の向こう側にいたのは、歌音と同じくらいに小柄な少年だった。
ミルクティーブラウンに染めたさらさらの髪が、白く滑らかな頬の横で揺れている。
大きく見開かれた瞳は少し吊っていて、プライドの高い猫を連想させた。
やや低い鼻も愛らしさを増長させるだけで、妙に艶かしく見える唇とのアンバランスが、小悪魔的な魅力になっていた。
「穂積様の分の食事は、僕が作っておきました!ね?早くコテージに行きましょう」
上目遣いで穂積を見上げる少年は、問答無用で可愛く見えて、光はハッと我に返った。
男相手に可愛いって何だ。
学院の常識に毒され始めている気がする。
歌音のことを純粋にそう思うことに抵抗はないのだが、この少年はいけない気がした。
頭をふるふると振っていたところで、予想外の切り替えしが耳に入った。
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